- 2026年10月17日
- _レビュー
戦後を生き抜く、幼い命の輝き映画の中の子ども・家族Vol.74『わたしの知らない子どもたち』文/水谷美紀

戦争で家も家族も失った少女は髪を切り、少年と偽って孤児のグループに身を投じる。一方、教職を離れた元担任は、消息が分からなくなった彼女の行方を必死に探し始め──。『映画の中の子ども・家族』Vol.74は、戦後を生きる子どもと、彼らの未来を信じる大人を描いた西川美和監督の最新作『わたしの知らない子どもたち』を紹介します。
『すばらしき世界』の源流から生まれた物語

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
過酷な戦後を生き抜く少女と、混乱のなかでも子どもに手を差し伸べる大人たち。西川美和監督の最新作は、広島市出身の監督が初めて太平洋戦争に正面から向き合った渾身の作品だ。本連載でも以前紹介した(※)前作『すばらしき世界』(20)の製作過程で監督は、戦後10万人以上もいた、家や親を失った子どもの存在に衝撃を受けたという。そんな大勢の“名もなき子ども”だけでなく彼らを取り巻く戦後の裏社会までも描いた本作は、監督による原案・脚本のオリジナル作品だ。
(※)Vol.9 元受刑者が慕い続けた瞼の母『すばらしき世界』https://enlight-fostercare.com/review/1811.html
1945年。音楽家の父のもとで育った12歳の茅野琴子は、集団疎開先で終戦を迎える。空襲で東京の家は燃え、家族も失った琴子は、身を守るために少女という性を隠して少年として生きることを決意する。「吉田茂男」と名乗り、同じように孤児となった少年たちの仲間になった琴子は、上野の闇市を仕切る菊沢組の親分からもらう仕事のおかげで、どうにか生きる場所を確保する。だが、犯罪行為を続ける彼らはやがて警察に捕まり、矯正施設に送られる。
その頃、琴子の担任だった曽根文美子は敗戦とともに教師としての仕事も誇りもなくし、生きる意味を完全に見失っていた。ところが琴子の父と同じ楽団にいた原が琴子を探していることを知り、琴子を見つけることを支えに少しずつ前を向き始める。
すべてを奪われても、生きていく

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
戦争によって多くの人々が家を奪われ、仕事や家族を奪われ、命や健康を奪われた。本作のヒロインである琴子もそのひとりだが、父親が音楽家という文化的な家庭に生まれ育っただけに、終戦後の暮らしとの落差はとくに激しい。
本作は戦争で多くを失った子どもの“その後”を丹念に描いた作品だが、主人公を少年として生きる少女という秘密を抱えた子どもにしたことで、物語は終始、サスペンス的な緊迫感に包まれている。
初めは少女の姿で靴磨きをしていた琴子は、年上の少女の「もうひとつの仕事」を知ることによって、身の危険を察知する。だが「茂男」になった琴子は、今度は成長とともに、過酷な日々を生き抜く困難だけではなく、性別が露見する危険とも闘うことになる。
終戦直後、浮浪児と呼ばれていた子どものなかには、餓死と隣り合わせの日々のなか、食べ物を得るために大人から性的搾取される少女も大勢いた。その後、路上生活から抜け出し成人した彼女たちのなかには、自分の過去を一切口外しないまま亡くなった人も多かったという。性的搾取から逃れられた者、それができなかった者、紙一重で明暗を分けたこの時代の少女達の存在と苦しみは、なかったことにしてはならない歴史の一面だろう。
そんな琴子ら子どもに対し、手を差し伸べる大人も少なからずいた。犯罪だが仕事と金を与えて時には食事まで振る舞う菊沢組の組長、琴子を引き取るために消息を探す父親の楽団仲間だった原、琴子を見捨てたことを悔いて彼女を必死で探す担任の曽根、脱走の手引きをする新聞記者の諸積、溺れた琴子たちを助ける漁師・山井と、琴子の秘密に気づくその妻けい、そして琴子を迎え入れる孤児院の院長・鷹間。子どもを案じ、できる精一杯の助けをおこなう大人の姿は、同じ時代・立場にいたら自分はできただろうかと、思わず自問させられる。
日本を代表するスタッフ・キャストが集結

©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
高い完成度を誇る本作は、第51回トロント国際映画祭「プラットフォーム部門」オー プニング作品に選出。 大人が始めた愚かな戦争でもっとも傷つき、被害を受けている子どもの、過酷な環境でも時に笑い、ふざけ、元気に飛び回る姿に、あるべき未来は何かを観客は感じ取るだろう。
主演の琴子役には、オーデイションで抜擢された2013年生まれの小八重葵美。大人の心の底まで見通すような強い眼差しで物語を最後まで引っ張って行く。そんな琴子を探す元担任に二階堂ふみ。絶望的な状況から少しずつ自分を取り戻して行く逞しい女性役を見事に演じている。ほか岡田准一、坂東龍汰、竹野内豊、北村有起哉、役所広司、田中裕子、吉田羊と、日本映画界に欠かせない俳優たちが脇を固める。琴子の仲間である将吉役の羽山由一郎、琴子の兄である茅野律朗役の櫻井海音など、将来有望な若手の起用も見どころだ。
これまでの西川作品にはない大掛かりなVFX表現には、映画『ゴジラ-1.0』(23)で第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した白組のVFXチームが参加。戦後直後の日本をスクリーンに蘇らせた。撮影は『すばらしき世界』から続投の笠松則通と照明の宗賢次郎コンビ。 美術も三ツ松けいこが前作から続投している。音楽は『国宝』(25)でも主題歌と劇中曲を担当し、大きな話題になった原摩利彦を起用。主題演奏は、坂本龍一が未来へ託した東北ユースオーケストラの子どもたちが参加している。
西川監督が本作の企画を考え始めたのは2020年だったという。それから6年が経ち、我々は当時より真剣に戦争について考え、平和のために声を上げなくてはならない局面に立たされている。本作の公開が今になったのは、絶好のタイミングであるといえよう。「戦争の爪痕」という紋切り表現では到底伝わらない、あの戦争が人々から奪ったもの、子ども達にしたこと、そして未来に向けて大人ができることを、改めて見つめ直す機会になるだろう。
<作品情報>
わたしの知らない子どもたち
2026年10月16日(金) 全国公開
2026年製作/150分/PG12/日本
配給:K2 Pictures
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
出演:小八重葵美 二階堂ふみ 坂東龍汰櫻井海音 花瀬琴音 羽山由一郎 小林丞之介 岩田龍門 渋谷そらじ 武内ひなた 北村有起哉 吉田羊 竹野内豊 岡田准一 田中裕子 役所広司
原案・脚本・監督: ⻄川美和
⾳楽: 原摩利彦 撮影: 笠松則通 照明: 宗賢次郎 ⾳響: ⽩取貢 特機: 上野隆治 美術: 三ツ松けいこ
公式ホームページ https://k2pic.com/film/wsk/
公式X https://x.com/wsk_movie
公式インスタグラム https://www.instagram.com/wsk_movie
映画『わたしの知らない子どもたち』【10月16日公開】本予告映像https://youtu.be/EMH4UE5TYsc?si=_iyUAXxCm3NGexoS