「この選択がベストであった」と思えるサポートを【後編】にんしんSOS東京 土屋麻由美さんインタビュー

妊娠葛藤相談を行う『にんしんSOS東京』では、産むか産まないかの悩みや迷いに寄り添いつつ、出産をしても育てられないという方への支援も丁寧に行われています。副代表の土屋さんに、中絶の現状、特別養子縁組ありきではない支援、性の健康教育など、幅広い支援と活動について語っていただきました。(前編はこちら

思いがけない妊娠は40代にもある

『にんしんSOS東京』を立ち上げて3年ということですが、相談件数はとても増えていますね。

土屋 相談窓口を知ってもらうために、いろいろと広報しているということもありますが、それだけ相談窓口が少ないということと、思いがけない妊娠は身近な問題であるということです。平成28年度の人工妊娠中絶件数は約17万件です。中絶を選択するのは10代の女性というイメージがあるかもしれませんが、確かに10代は多いものの、20代、30代でも一定数あり、40代後半は10代の次に中絶率が高い世代です。

10代では妊娠した方の60%の人が中絶を選択していますが、40代前半では25%の方が、そして、40代後半では50%の方が産まない選択をしています。思いがけない妊娠、つまり「まさか妊娠するとは」という感覚は、知識が不足している10代の方も、知識はあるはずの40代の方も同じなのです。

初潮を迎えたら「大人になる準備が始まったのよ」とは言われますが「あなたもこれからは妊娠することができるということですよ」とは言われません。反対に50歳近い方は「もう妊娠するはずはない」と思い込んでおられます。実際は閉経するまで妊娠の可能性はあるのです。正しい性の知識がないのは10代だけでなく、すべての世代において言えるのではないでしょうか。

10代の子が適切な性教育を受けていなければ、“この行為”で妊娠するとは思わない人もいます。10代は生理が不規則な人も多いですし、つわりがない人もいます。お腹の中で赤ちゃんが動いても「便秘でガスが溜まって調子が悪い」と思いながら過ごしてしまう方もいます。

妊娠が発覚すると「なぜ気づかなかったの?」と周りの大人は責め立てますが、これは適切な教育をしていない社会の責任でもあり、自己責任論だけでは済まされない問題だと考えます。

妊娠した約7人に1人が妊娠中絶を選択しているという一方で、不妊治療に望みを賭けている方々もいらっしゃいます。世の中では少子化を憂いている。ここに矛盾を感じる方は多いのではないでしょうか。

支援があれば中絶をしなくてもいいケースもあるかもしれませんね

土屋 先ほども述べましたが、出産する人に対しては医療もありますし、行政の支援もあります。しかし、産むか産まないか、産めるか産めないのか、迷っている人に対しては、ほとんど支援がないのが現状。思いがけない妊娠は決して他人ごとではないのに、です。

こうした思いで支援団体を作り、相談に応じる体制を整えていますが、24時間電話に応対できる体制、すぐに面談に向かう体制などを整えるためには、国として予算を割いて体制を整えることが必要だと思います。各地域に妊娠葛藤相談窓口を作って欲しいですし、その窓口は専門性を持った人材が運営していかなくてはならないと思います。

妊娠中の悩み、不妊、更年期の相談などの『女性の健康相談』と『妊娠葛藤相談』では専門性が異なります。同一の窓口で対応しようとすると難しい面が出てくると思います。中絶の相談、未受診の人をどうやって医療機関につなぐか、DV、虐待によるシェルターとの連携、レイプや緊急な出産の連絡、必要時は同行支援もできるようにしたり、医療者だけではなく、福祉や法律にも詳しい支援者が継続的に相談にのれる窓口が必要です。

相談者の思いに沿った次の支援へつなぐ

埼玉県からのご相談にも対応なさるということですが

土屋 私たちは電話やメール相談だけでなく、面会・同行・継続支援までできるということで、埼玉県の妊娠葛藤相談事業を2018年7月より受託することになりました。同行支援をする際は、往復で一日仕事になる距離からのご相談もあります。

待ったなしの状況でご連絡いただくことも多いので、私たちも相談員の間で「今週動ける人は?」「明日行ける人いますか?」とSOSのグループチェットで連絡を回して調整します。お会いできたら、お話をお聞きして、必要であれば当日のうちに保健センター、病院に同行します。

必要な時に面談に行けなかったということがないように、緊急対応に対応できる専任スタッフを据えることが課題です。そのためには、私たちの団体が安定的に運営できることが必要ですので、いまその道を模索しています。

妊娠葛藤相談から特別養子縁組へとおつなぎするケースもあるのですか?

土屋 もちろんあります。育てることはできなくても、お腹の中にいる間は大切に育てて、そして、養子縁組するために出産をするということは、本当に覚悟のいることだと思います。

特別養子縁組の意思をお持ちの方は、民間の養子縁組あっせん団体へおつなぎします。その際、あっせん団体は、それぞれ支援のあり方が異なりますので、私たちは女性がどうしたいか、どういう道が可能か、ということをお聞きします。例えば、産んですぐに託す、入院中は一緒に過ごす、授乳は希望するかしないか、産んだ後に、縁組をするかどうか最終判断をするなど、その思いに沿ってくださるあっせん団体へおつなぎするように努めています。

もし、ご自分で育てたいという気持ちが残っているにもかかわらず、養子縁組団体の金銭を含めた支援を受けて出産された場合、「本当に託しますか」という意思確認のときに返済するお金のめどが立たないと、「やはり自分で育てたいです」と言いだせない方もいらっしゃるかもしれません。

私たちは「養子縁組につなぐ」という前提はありませんので、中立な立場から葛藤相談を担えると考えています。「これが私にとって納得いく選択であった」と思っていただけるように、みんなで支えて考えて、結論を出す。そういうサポートをしたいと考えています。

「産むしかなかった」という状況の後に、虐待に至るケースがあるのも事実です。中絶は決して勧められることではありませんが、無理して妊娠を継続することだけがすべてではないと考えます。

保護者や先生にも性教育が必要

―土屋さんは性の健康教育もやっていらっしゃいます。思いがけない妊娠の予防という意味でも必要な活動ですね。

土屋 正しい性の知識が不足していることは、やはり思いがけない妊娠に至る一因として挙げられます。私は幼児から大人の方まで、それぞれの世代に則した性の健康教育講座を行うのは助産師の大切な役割の一つだと考えて、17年前から行っています。

妊娠の周期に合わせた実物大の胎児のお人形。へその緒もついている。

幼児の場合は、親子で絵本や赤ちゃんのお人形を使いながらのお話し会、小学生、思春期の中学生、高校生向けの「性の健康教育」の出張講座はもちろん、保護者や先生向け、大人向けの性教育講座も行っています。実は子どもたちの前に、保護者の方や学校の先生方に「どのような性の教育が必要か」という合意があることが肝心ですので、事前に十分な話し合いができるのが理想です。

中学生や高校生の間でも、性暴力は現実にあります。何も知識がない年齢で、見せられたり、触られたり、傷つけられたりして、それが何なのか分からないまま過ぎてしまったという経験がある子もいるのです。

コンドームなしで性交して、「生理が遅れている」と相手の男子に伝えたら、「いままで妊娠させたことないからオレじゃない」などと言われた女子もいます。

学校の先生方は小学生に「受精はどのようにしておこなわれるのですか」と問われても「中学生になったら教わるから」と逃げてしまうこともあるそうですが、実際は中学生の授業でも教えられません。まじめに疑問を持った子どもたちに、大人が誰も答えてくれない状況なのです。

一方、漫画、インターネットでは性の情報があふれています。アダルトビデオのなかには、女性がひどい扱いを受けるような許し難い演出もあります。過激な情報が先にインプットされると、性に対してこわいもの、ひどいもの、という印象を持ってしまうでしょう。そのあとでいくら「生命の神秘」という話を聞かされてもすんなり心に入ってくることはないでしょう。

大人たちは何も教えず、それでも何もトラブルは起きないことを願っていればいいのでしょうか。そして妊娠したら女子だけが学校をやめさせられて、必要な教育を受ける権利が奪われることはあってはならないと思います。大人ですらこれだけの中絶件数がある現状で、子どもが思わぬ妊娠をしないということはありえません。

私たちのような外部の講師が性教育講座をさせていただくことに加えて、先生方や保護者の方がフォローできる体制が必要だと思います。

性の話をするための安全な場づくり、傷つけないルール、秘密を守る、なども含めて先生たちが授業をファシリテートしていただき、聞くだけではなく、お互いに話し合う時間が必要だと考えます。

そして子どもたちには正しい知識をもって、相手とコミュニケーションをとりながら豊かに生きるということを伝えていってほしいですね。こうしたことを学校の先生方にご提案していくのも私たちのミッションだと考えています。

社会人にも性の健康教育を

実際は大人になっても性の正しい知識は行き届いていない気がします。

土屋 社会人にも性の健康教育が必要な時代ですね。ご自分のライフプランをつくっていくうえで、性や妊娠、出産に関する知識は欠かせないからです。例えば女性の場合、仕事で一人前になるまでがむしゃらに働いて、ひと息つくと30歳過ぎ、あっという間に40歳になってしまう。そこからお子さんを望んでも、妊娠しにくいかもしれませんし、子育てのエネルギーが足りないと感じることもあるかもしれません。体力が続かず、仕事との両立が難しくなって、出産後に会社を辞めてしまう方もいらっしゃる。

新人段階でのライフプラン研修に、企業人としての性の健康教育、生理不順などの不調への対応、妊娠出産の基礎知識、子育てや保育園のことなどを組み込むことができれば、ご自身のライフプランを描きやすくなるのではないでしょうか。企業にとっても、せっかく育てた人材が「妊娠出産で退職」となると、また一から新人を育てなくてはならない。企業にとってもデメリットです。

学校での子どもたちへの性教育、先生たちのための性教育、そして企業での性教育。にんしんSOSの相談事業と並行して、このような取り組みにもこれからも力を注いでいきたいと思っています。(了)

前編はこちら

にんしんSOS東京 https://nsost.jp/
麻の実助産所 http://asanomi-jyosanjyo.com/
保健師ジャーナル 74巻8号 (2018年8月)
『0歳0か月0日目の虐待死をなくしたい—「にんしんSOS東京」での妊娠葛藤相談の現場から』https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1664200994
全国妊娠SOSネットワーク(全妊ネット)http://zenninnet-sos.org/

取材・文 高橋ライチ 林口ユキ  写真・長谷川美祈