「もう死ぬしかないの?」-妊娠葛藤相談の現場から【前編】にんしんSOS東京 土屋麻由美さんインタビュー

思いがけない妊娠がわかり、どうしてよいのか分からない、病院や行政につながる術を持たない方々へのサポートの必要性が叫ばれています。2015年より「妊娠葛藤相談」を開始した『にんしんSOS東京』の副代表である助産師の土屋麻由美さん。それぞれの事情を抱える妊産婦さんにどのような支援をなさっているのでしょうか。お話をお聞きしました。(後編はこちら

土屋麻由美 助産師

大学病院、助産院勤務を経て、1997年に東京・練馬区で麻の実助産所を開業。自宅出産や母乳育児相談、母親学級、赤ちゃん訪問、自治体の育児相談などに携わる。聖路加看護大学看護実践開発研究センターの客員研究員として、きょうだい向けの出産準備クラス「赤ちゃんがやってくる」講座を担当。2015年12月より一般社団法人にんしんSOS東京の副代表理事。性の健康教育講座も開催している。

熊本まで行かざるをえなかった女性

『にんしんSOS東京』を立ち上げたいきさつについてお聞かせください。

『にんしんSOS東京』のパンフレット

『にんしんSOS』の発起人である松ヶ丘助産院の宗祥子院長と、当団体の中島かおり代表ら3人が、2015年5月に『全国妊娠SOSネットワーク会議』に参加し、熊本・慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』の田尻由貴子先生のご講演で、妊娠葛藤の相談の現状について知ったことがきっかけです。

『こうのとりのゆりかご』は、育てられない赤ちゃんを匿名で預けることができる施設ですが、思いがけない妊娠をした方からの相談にも対応されています。熊本まで寄せられる相談の28%が、東京を中心とした関東圏からでした。関東にも行政の相談窓口はあるのに、多くの人がわざわざ熊本まで行って相談するしかない状況に追い込まれているという現実を知りました。

なかでも、東京で未受診のまま一人で出産され、産後の処置もされないまま、「私はこの子を育てられないけれど、ゆりかごまで届けなくては」との一心で熊本まで向かった産婦さんのエピソードは、胸に迫るものがありました。

ゆりかごは、ベビーベッドに赤ちゃんを置いて立ち去ることもできますが、この女性は相談のインターホンを押してくれたそうです。そしてスタッフに保護され、無事に産後の処置も受けることができました。その方は相談の末、特別養子縁組に託す決断をされたということでした。

このお話をお聞きして、女性の周産期の支援に関わる者として「これは東京で受けるべき相談だった。そんな身体で、赤ちゃんを抱えてなぜ熊本まで行かなくてはならなかったのか」と忸怩たる思いがしました。「東京にも親身になって相談に乗れる窓口を作らなくては」と、発起人の宗院長が周囲に呼びかけ、私を含む有志のメンバー6名の助産師と1名の社会福祉士が集まって、2015年9月から相談窓口開設の準備を開始しました。クラウドファンディングで準備資金を募り、12月には一般社団法人「にんしんSOS東京」相談窓口を開設し、「生まれた日に亡くなる命を0にしたい」「誰にもつながれずに妊娠期を過ごし、孤独で不安な出産を迎える女性につながりたい!」をミッションに掲げ、妊娠葛藤相談の活動を本格的に開始しました。

性的な知識が乏しく、妊娠したことにかなり経つまで気が付けなかった、性的虐待を受けて妊娠してしまった10代の女性、付き合っていたのに妊娠を告げると連絡を絶たれてしまった方、レイプによる妊娠、結婚していても三人目は産めないなど、その状況によっては誰にも相談できず、最悪の場合には自殺(心中)や児童遺棄という選択をするまでに追い込まれることもあります。このような状況に至る前に、相談していただけるように、周知活動にも力を入れています。

例えば、相談へのアクセスツールとなる名刺サイズのカードですが、行政の窓口に置いているだけでは必要なところに届きません。ネットカフェやコンビニのように、行政や病院に行けない人が見えるところに置いていただく必要があります。

また、団体の名称を、「妊娠」ではなく「にんしん」とひらがなにしたことで、実際に「やさしい印象があったのでこちらに相談しました」という方の声を聞いて、「困っている人にとってのアクセスのしやすさ」ということは常に考えるようにしています。

未受診で自宅出産をした2日後に相談

―これまでどれくらいの相談が寄せられていますか? また、印象に残っている相談・支援の事例を教えていただけますか?

これまでに新規の相談は1,789人で、電話やメールでのご相談は、延べの回数で計10,310回ありました。このうち同行支援といって、面談や行政や病院などに同行してサポートをしたのは160回となります。(2018年10月末現在)

団体を立ち上げ、相談窓口を開設したばかりの頃に、自室で出産したという方から産後間もなくメールが届きました。

風俗店の寮に住んでいた彼女は妊娠が明らかになると仕事につけなくなるだけではなく、寮を追いだされてしまうため、行くあてがなくなります。妊娠を隠し通したままひとりで出産。最初の連絡のときは、お母さんは戸籍がない赤ちゃんを産んでしまったことに、自責の念を持っているようでした。でもどうしていいか分からない。見つかってしまえば、赤ちゃんと引き離されると思っている様子もありました。

これは緊急対応が必要だということで、メンバーとも対応策を練りました。

未受診かつ一人で自宅出産というケースですので、児童相談所にも虐待通報が必要ですが、相談はメールのみで、名前も住所も教えてくださらない。これでは保護ができません。

相談を受けた私たちは、とにかく赤ちゃんの命を守り、赤ちゃんを健康に育てられるように、お母さんになった女性を支援するべく、連絡が途切れないように懸命にコミュニケーションをとりました。

想定地域の保健師にあらかじめ連絡

―場所を教えていただかないと身動きが取れませんよね?

本当に困りました。とにかく私たちは、赤ちゃんが生きているのか、弱っていないか、黄疸が出ていないかなどと焦ると同時に、なかなか身元を明かしてくれないため、狂言かもしれないということも頭をよぎりました。それでもまずは女性の言っていることを信じて、本当の情報を伝えてくれるように質問を投げかけました。

「おっぱいを飲ませていて乳首は痛くないですか?」「おしっこは何回くらい出ている?」「おっぱいをあげる間隔が空くと脱水になるから気をつけてね」などと質問すると、「おしっこは4回くらいかな」と、やはり赤ちゃんが居ると確信できる具体的な答えが返ってきます。「4回出ているのね、数が増えてくるといいね」と返すと、「そうか、おしっこが増えるとたくさん飲めていることになるのですね」と安心してもらえます。

そのうち「出生証明書は2週間以内に手続きできたほうがいいね」などをお伝えしましたが、「まだ名前を言うことはできない。気持ちが決まらない」とおっしゃるので、「わかりました。でも赤ちゃんが元気なのは安心していますよ。あなたもごはん食べてる? 食べないとおっぱい出ないからね」と励まし続けました。

そうしてつながりを維持している間、想定される地域の保健師に連絡して、「そのお母さんが突然名乗り出てくれたら、迎え入れる準備していただけないか」と連絡を入れました。保健師も「こちらで受け入れるから、なんとか情報を聞きだしてください」と応じてくれました。

最初のメールから10日以上経ち、児童相談所からも赤ちゃんを強く心配する声が上がり始めました。「○○さんが赤ちゃんを大事に思って、これからも育ていきたいという思いは伝わっているよ」と懸命に言葉をかけ、保健師さんの番号を教えたところ、ようやく電話をしてくださり、無事保護に至りました。

待機していた医師は未受診で自宅出産したとは思えないほど、ふっくらと健康な赤ちゃんにとても驚いたそうです。お母さんは行政や病院にはつながる術を持ちませんでしたが、ご自分の力で赤ちゃんを守っていらっしゃったのです。その後、母子支援施設のサポートのもと、二人は一緒に暮らすことが出来ました。

―支援をしてくださる方がいたことで、安心してご連絡してくださったのでしょうね。

本当に相談してきてくださってよかったです。あの状態で何の手立てもなければ、どこかの時点でお母さんも自分を支え切れなくなってしまったかもしれません。もしどこかに放置してしまったら、赤ちゃんとお母さんは一生離れ離れになってしまったかもしれません。

この支援ができたことは、私たちにとっても大きな力になりました。そして「私たちの活動は必要なことだ」という思いを新たにしました。

妊娠に迷いを持つ人への相談窓口がない

―メンバーには助産師以外に社会福祉士もいらっしゃるのが心強いですね。

妊娠の相談そのものには助産師の専門性が活かせますが、生活の支援の選択肢を増やす意味では社会福祉士がいることは重要です。医療職は相談というよりは、指導的な対応をすることが多いですが、福祉職の方は相談を得意とします。また、病院のケースワーカーや生活保護の窓口に同行することで、必要な支援につなぐというところも得意です。

私たちはいくつもの行政施設やシェルターなどとも連携をしています。東京都の婦人保護施設には慈愛寮というところがあり、生活状況により、妊娠36週から入所できて、産後も6か月になるまで過ごすことが可能です。きれいな個室が用意され、助産師、看護師、保育士が在籍して母子の生活面の支援やその後の自立に向けて相談に乗ってくださいます。

とはいえ、悩んでいる女性が自分の力だけでこうした施設につながることはできません。そのためにも、母子手帳もなく、受診も出来ていない妊婦さんと一緒に保健センターや福祉の窓口、病院に行くことは、状況を代弁してあげられたり、一緒にいることで話ができたりして、彼女たちを孤立させないための力になると思います。

土屋さんが開業する『麻の実助産所』

―妊娠に悩んだり迷ったりしている方への相談窓口はほとんどないということですか?

妊娠・出産に関しては、行政にも情報提供やいろいろなサービスがありますが、ほとんどが出産する人のためものです。産むか産まないかいか迷っている人にはサポートはとても少なく、「自分で考えてください」「ご夫婦で話し合ってきてください」と言われることも多いです。行政の窓口で中絶を促すような病院を教えることは難しいとは思いますが、それでも、そこで情報ももらえずに帰されたら、自分で何とかしなくてはいけなくなるのです。

困った状況を受け入れてもらえないと「死ぬしかないの?」と思ってしまっても無理はありません。10代で妊娠中期になるまで気が付かずにいた女性の母親が、「100か所以上産婦人科に電話したけど、1件も受けてくれるところがない、うちの子は死ぬしかないのですか?(すべての)人生を棒に振るしかないのですか?」と嘆かれていました。

すべての人には『リプロダクティブヘルス&ライツ(性と生殖に関する権利)』という世界的に認められた権利があります。これは、1994年のカイロの国連会議で国際的承認を得た考え方で、女性が身体的・精神的・社会的な健康を維持し、子どもを産むかどうか、いつ産むか、どれくらいの間隔で産むかなどについて選択し、自ら決定する権利のことです。

どうしても産めない、病院を探せないとしたら、彼女たちの権利はどうなるのでしょう? 相談をして、一緒に考えても、妊娠継続することが困難であれば、適切な病院を教えることも必要なことです。

そして、今回はどうしても産むことも育てることができなかったとしても、この妊娠をきっかけに、ご自身の生き方を見つめ直したり、繰り返さないためにはどうしたら良いのかを考えたりなど、生きる力を付ける機会になる時でもあるのではないかと考えます。

そもそも、思いがけない妊娠は、女性だけの問題ではなく、相手があってのことであるのに、大半は女性の問題とされがちです。妊娠可能な年齢の人であれば、他人事ではなく、どなたにも起こりうることなのです。

後編へ続く

取材・文 高橋ライチ 林口ユキ  写真・長谷川美祈