特別養子縁組が「特別」ではない社会になってほしい【後編】【後編】海外の映像作品を通して当事者の声を伝えたい

前編より続く)国際養子縁組の複雑な手続きを経て、無事に特別養子縁組が成立したネルソン聡子さん。養子縁組家族の当事者になってみて、気づいたことがありました。それは、日本の社会の中でまだ「普通のこと」ではなく、「特別のこと」とで、「立派なこと」「子どもがかわいそう」という偏見もあるということでした。もっと普通のこととして受け止められる社会になって欲しいという願いを込めて、啓発活動をスタートさせています。

産みの母と離れて2週間夜泣きが続いた

実際にお子さんと対面なさった時はいかがでしたか。

ネルソン聡子さん:無事に短期滞在ビザを取得し、母子で来日することになりました。私たち夫婦、そして義理の姉と4歳の姪っ子も一緒に成田空港まで迎えに行きました。お母さんはフィリピンを出るのも飛行機に乗るのも初めてということで、不安でいっぱいだったと思います。無事に空港に着いて、私たちの顔をみたとたん、ホッとして涙を浮かべていました。改めて、すごい勇気を出してここまで来てくれたことに感謝しました。

お母さんは1週間の滞在。その間、一緒に弁護士や行政書士のところにご挨拶にいきました。お母さんも改めて直接「経済的にも育てられない。よりよい教育を受けさせたいので養子として託したい」と伝えてくれました。ご本人が自らお気持ちを伝えていただけたことが、その後の審査が順調に運んだ大きな要因だと思います。フィリピンにご帰国の日になり、成田空港で「ちゃんと育てます。安心してくださいね」と、しっかり約束しました。

初めての子育てはいかがですか?

11ヶ月の赤ちゃん、やはり大変でしたね。保育士時代の経験もすっかり忘れていますし、最初の1カ月は無我夢中でした。特に我が家に来てからの2週間は、お母さんと離れたことがわかるのか、夜泣きが止まらず……。夜中に起きて、抱っこして、あやして、もちろんかわいいのですが、睡眠不足でフラフラでした。

それでも1ヶ月を過ぎた頃には、笑顔が出てくるようになりました。これからイヤイヤ期や反抗期もあると思いますが、いわゆる「試し行動」のような極端な行動で私たちを困らせるということはありませんでした。

「立派ね」「かわいそう」という言葉

周囲の方にも養子を迎えられたことはオープンにしていますか?

常日頃挨拶を交わすご近所さんも何人かいます。そうした方々には「養子として迎えました」とお伝えしました。いきなり赤ちゃんをバギーに乗せて歩いていると驚かれるかもしれませんから。とくに仲良くしていただいているおばあさんは「まあ、良かったですね!」と喜んでくださいました。

私は周囲の理解に恵まれている方だと思います。そもそも養子の話は夫の母から提案されたわけです。私の両親も最初はとまどいがあったようですが、今は孫をかわいがってくれます。義理の姉と姪っ子も一緒に空港に迎えにいって、今も兄夫婦とは頻繁に交流しています。

とはいえ、人によってはさまざまな反応があります。ある日、子ども連れで電車に乗って移動していた時、隣り合わせになったご年配の女性とちょっとしたきっかけで会話が始まりました。話の流れで「養子縁組で家族になったのです」と言ったら「あなたは立派ね」と言われました。悪気がないのはわかりますが、「そういう見方になってしまうのだな」と複雑な気持ちになりました。

パパとお散歩

海外の友人は「養子を迎えることにしたの」と言うと「まあ、おめでとう!」とすぐに祝福してくれます。一方、日本の友人などに同じことを伝えると、何か奥歯に物が挟まったような、そっけない反応になることもままあります。悪気がないことは分かっていますが、やはりこの違いは大きいなと感じています。

養子縁組と聞いて「なんて言ったらいいのかわからない」とか、触れてはいけないというムードになることもあります。また、知り合いの特別養子縁組家族の話によると、養子になる子どもは「かわいそう」と言われた、などということもお聞きします。周囲に隠すつもりはないけれど、言いづらいという人もいます。

特別養子縁組は「子どもが幸せになるための制度」だということ、それをもっと広めていきたい。そんな思いで、以前から計画していた啓発活動にも取り掛かっているところです。

海外作品を通して当事者の声を伝えたい

どのような啓発活動なのですか?

養子縁組に関する海外のドキュメンタリーや当事者へのインタビューなどを多くの方に観ていただくプロジェクトです。ご存じのように、日本よりも海外の方が養子縁組についての理解が浸透しています。養子縁組をテーマにしたすばらしい作品も数多くあります。

養子縁組と聞いて反応に困ってしまう方にも、興味を持ってもらえるように、制度や仕組みについてはもちろん、養子縁組家族の当事者の声を聞いていただくことが大事なのではないかと思います。日本でも当事者の発信は増えているとは思いますが、海外でのドキュメンタリーや当事者インタビューを発信することで、より多くの人に知っていただき、新しい考え方に触れ、インスピレーションも得てほしいと考えています。

すでにいくつかの作品の配信や上映の権利を得て、翻訳をつけてと、準備をしております。配信のみならず、上映会も行いたいですし、その際は講演会やセミナーも開催したいと考えています。さらに、映画祭などに参加して、さまざまなエンタメ作品と一緒に上映していただき、これまでご関心がなかった層にも届いていけばと思っています。

海外の映像作品を取り上げようと思ったのは、私が日本語字幕を制作する翻訳者だからですが、そもそも映像には人の心にダイレクトに訴える力があり、見た人それぞれが解釈する余白がある、ということも大きいです。まずは気軽に作品に触れていただくことで、みなさんの知るきっかけになればと思っています。

立派でもない、かわいそうでもない

啓発活動を通してどのような社会の変化を期待しますか?

いざ当事者になってみると、養子を迎えた親には「えらいね」、子どもには「かわいそうに」と言われることにも違和感を持ちました。もっと普通に受け止めてもらえるような世の中に、偏見のない社会になってほしいですね。

さらに、特に養子縁組が成立してからも産みの親との交流がある「オープンアダプション」について知っていただくことで、日本でも多様な家族のあり方を受け入れていく土壌がつくられていけばよいと思っています。

私自身も不妊治療を経て特別養子縁組をしましたが、未来には、必ずしも不妊治療の次のステップとしてあるのではなく、育てたい人が育てることができる制度に進化していくことも想像しています。それが「大切な子どもを社会で、みんなで育てる」という意識につながっていけばと願っています。(了)

前編はこちら

※ネルソン聡子さんが発起人を務める
「Adoption for Happiness = アダプション・フォー・ハピネス(幸せになるための特別養子縁組)」について

クラウドファンディング挑戦中!
特別養子縁組が「特別」ではない世の中を目指し、養親縁組に関する海外のドキュメンタリーや当事者(産みの親、養親、養子)のインタビュー映像を配信するプロジェクト
http://camp-fire.jp/projects/view/741468?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_projects_show

・全国養子縁組団体協議会代表理事 静岡大学教授 白井千晶先生との勉強会を開催(ピーテックスの申し込みページ)

1回目:7月7日(日)20時30分〜/テーマ「養子の声」
https://peatix.com/event/4027841

2回目:7月17日(水)20時30分〜/テーマ「養親の声」
https://peatix.com/event/4030497

・note
https://note.com/sft_afh

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https://x.com/Happy_Adoption

・Instagram アカウント名:adoption_for_happiness
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取材・文/林口ユキ