映画『まだ見ぬ あなたに』をめぐって【対談】鮫島浩二院長×小澤雅人監督 さめじまボンディングクリニック試写会

去る8月、FCPPでは、短編映画『まだ見ぬ あなたに』の試写会をさめじまボンディングクリニックで開催しました。脚本から撮影に至るまで、映画に全面協力をいただいた同院の鮫島院長およびスタッフの方々、地域の方々にもご参加いただきました。上映後には、鮫島浩二院長と小澤雅人監督の対談も行われました。妊娠相談室の鮫島かをる事務長も参加して、映画の感想や特別養子縁組支援のこれからについて語られました。

「映画で世の中に発信」に協力したい

―お二人はこの映画の企画段階でお会いになったそうですね。お互いの印象はいかがでしたか?

鮫島浩二院長:特別養子縁組は私が30年来かかわりをもってきたテーマですから、映画の製作の話はうれしく思いました。ただ、小澤監督のことは存じ上げなかったので、最初は「お若い方だなあ」と正直、少し心配しました。

でも調べていくと、どうやら『月光』という性暴力をテーマにしたすごい作品をつくった方で、児童虐待などや依存症などの社会問題にも切り込んだ作品を撮っているらしいと。ぜひ特別養子縁組のことを世の中に発信して欲しいと期待しました。

小澤雅人監督:映画の企画がスタートし、特別養子縁組制度についてインターネットや本、ドキュメンタリーなどを通して調べていくなかで、鮫島先生が長年にわたって尽力されていることを知り、ぜひお話をお聞きしたいと思っていました。その後、日本財団ハッピーゆりかごプロジェクトの方を通してご紹介いただけることになり、クリニックを訪ねました。

お写真だけでしか知らなかったときは「威厳のある方」という印象でしたが、お会いしてみると、とても優しくて親しみやすい雰囲気の方だったので、そのギャップにびっくりしました。僕のような若造にも対等に話をしてくださり、ありがたかったです。最初にお送りしたメールが、2017年の秋ごろだったので、今日の試写会まで2年越しとなりました。

さめじまボンデイングクリニック 鮫島浩二院長

鮫島院長:小澤監督とお会いした頃は、日本の特別養子縁組が大きく動き始めた時期だったと認識しています。

それまで、日本での特別養子縁組は、いくつかの民間あっせん団体が30年間細々と運営してきたという状況でした。当クリニックも、悩みを抱える妊産婦さんに寄り添って、産んだ後にどうするのが良いのか、精一杯考えてきました。どこからも支援はないので、ほとんど手弁当での取り組みでした。

こうしたなか、民間あっせん団体の費用に関していろいろな指摘がなされました。実母さんに必要な費用は誰が支払うのか、というお金の問題です。多くのあっせん団体は、養父母となる方から、養子縁組に関わる費用を負担していただくことになっていました。そのため、これはビジネスになると考える団体も出てきました。しかし、特別養子縁組をビジネスにされてしまっては困ります。

また、同時に世の中では虐待の問題も非常にクローズアップされてきました。ご存知のように年々虐待死も増えてきていますし、虐待の通告もどんどん増えてきます。

虐待死が起きると、児童相談所の対応がニュースになりますが、じつは産まれてすぐに赤ちゃんが実母さんによって虐待死となっているケースが4割もあります。つまり、児童相談所が対応できる以前の問題が多いということです。これは産婦人科医が妊娠中に気づかないと助けることができません。

そこで、妊娠中から虐待死を防ぐことができるように、日本医師会を上げて、妊娠しても育てられなくて困っている女性「特定妊婦」をサポートしようという動きもどんどん出てきました。

こうした時期に舞い込んだ映画のお話でした。日本の特別養子縁組の理解を広める一つの方法になり、みんなでこの制度の方向性を考えていく機会になればと思い、本気で協力させていただこうと思いました。

小澤雅人監督

小澤監督:映画は17歳の高校生が思いがけない妊娠をしたところから始まります。この主人公のような妊婦さんを担当された、さめじまボンディングクリニックの助産師さん、看護師さんにはじっくりお話をお聞きできました。

どのような事情で相談されて、入院と出産を経て、どのような決断に至るのかという事例をお聞きすると共に、悩みを抱える妊婦さんにどんな言葉をかけたのか、それによって女性の考え方がどう変化したのか。こうしたお話を参考にして、高校生「遥」のキャラクターをつくっていきました。

もちろん、映画に登場する医師は鮫島院長をモデルにさせていただきました。院長から直にお聞きした言葉を生かして、脚本を進めました。

鮫島院長:脚本を何度も読んで、監督ともやりとりしましたね。最初は長編映画の予定だったので脚本もボリュームがありました。

小澤監督:そうなんです。劇場公開映画として動いていましたけど、準備の時間の関係もあり「まずは短編を」と、今回の形になりました。

このシナリオを書いている最中、僕の母校でも妊娠した女生徒にかかわる事件が発生したのです。思いがけない妊娠は身近にあることなのだと痛感しました。

自分で育てられないとしても、相談できる機関が世の中にはあること、特別養子縁組という方法があることを、映画を通して知っていただき、そのうえでどうしたいか、どうできるのか考えていけば、先走った行動に出なくて済むと思います。そんな思いで制作に入りました。

クリニック周辺の地域の方々も参加しての試写会

観る人にゆっくりと考えさせる映画

―脚本に引き続き、撮影もクリニックをお借りして行われたそうですね?

小澤監督:実際に妊婦さんのサポートをされている、そのクリニックで撮影できたことは、たいへんありがたかったです。

診察室の看護師役として、クリニックに勤務なさっている飯島美紀さんにご出演いただきました。また、妊娠中の助産師の職員さんにも健診のシーンでご協力いただきました。

鮫島院長:この撮影のときは議論が起こったんですよね。私が仕事を終えて様子を見にいったら、妊婦役の当院のスタッフが「このセリフをお腹の赤ちゃんに言ってほしくない」ということで、撮影が中断していました。

小澤監督:妊娠に戸惑う遥が、お腹の赤ちゃんを受け入れられずに思わず言ってしまうセリフでした。でも、たとえフィクションであっても、その言葉を投げかけないで欲しいということになりました。そこを押し通すことだけが映画にとってのメリットではありませんでしたので、僕は演出や表現を変えることにしました。

鮫島院長:私の方が「これはそういう表現なのだから」と、映画制作サイドの考えでしたが、監督が映画に協力してくれる方々の思いを汲み取って、すぐにシナリオも変更してくれて。小澤監督はすごいと思いました。

―客席からは「診察室での医師のお話が印象的」というコメントをいただきました。

小澤監督:そうですね、鮫島先生との対話のなかで出てきた言葉、教えていただいたエピソードを生かしました。ゆっくりとした長めのシーンです。とても大事なシーンでしたので、端折らないで使わせていただきました。

鮫島院長:短編作品ではありますが、焦らずていねいにメッセージを伝えていると思います。セリフとして耳に残る部分だけで伝えるのではなく、観る人にゆっくり考えさせる映画でした。

結論に誘導する形ではない表現が良かったです。支援者する側としても「正しい選択肢はこれだ」という結論が出せないこともあるからです。私たちが良かれと思う方向性に進まないこともたくさんあります。この時点ではベターな支援ができたと思うこともある一方、「彼女はどうなっただろう」と心配が残ることもあります。

主人公のような女性が、一つ間違えてしまったら犯罪者になってしまう。そんな現実が今の日本にはあります。そこに、寄り添ってくれる人が現れて、ゆるやかに心の変化を遂げていく。穏やかな気持ちで最後の場面を見守ることができました。

支援者の方も、当事者の方も、それぞれの思いを喚起するような、それが集まっていくことで力を得ていくような、そんな映画になっていたと思います。

「妊娠」はうれしいことばかりではない

改めて、産婦人科というお立場から見たこのテーマの現状についてお聞かせください。

鮫島院長:産婦人科では、多くの「妊娠」と対峙します。長年この仕事をしてきて、「妊娠」と聞いて100%手放しで喜べる方というのは、あまりいないのではないかと思っています。

まず、妊娠の前段階には、望んでも授からない方がいらっしゃいます。そして、妊娠しても「この子に病気があったらどうしよう」「途中でダメになってしまったらどうしよう」「自分の体調で無事に産めるのだろうか」など、いろいろなことが頭の中に浮かんでくる。不安の方が大きいという方も多いでしょう。

なかでも、産むか産まないか、産んだ後のことを深刻に悩んでいる妊婦さんは、当院で続けたアンケートによると、全体の1割はいらっしゃいます。

理由としては、うつなどのメンタルな問題を抱えている方、持病を抱えている方、夫婦関係や経済的状況がよくないという家庭内の問題を抱えている方、などです。そのなかで、最終的に自分が育てられない方が特別養子縁組に託すということを考えますし、状況によっては中絶もあります。

私が許せないのは、その背景には必ず男性の存在があることです。男性が去っていったり、逃げ腰であったり、反対していたり、という問題が大きいのです。ところが乳児を「育てられない」とか「虐待した」となると、多くは女性に責任が押し付けられます。

そういった意味では、特別養子縁組制度は、子どものための制度ですので、赤ちゃんの命を救うことが最優先ですが、妊娠に悩んだ女性を救う、という意義が大きいと思います。子どもの命が守られて、生母さんのその後の人生が奪われない、ということができる制度です。

SNSなどが進化した今の時代、きちんとした性の知識を持たずに危険な状況に追い込まれる十代の女の子は多くいます。相手の名前もわからない、というご相談も少なくありません。

追い詰められた時には、自分しか見えない、おなかの赤ちゃんしか見えない、ということになるでしょう。でもそこで「周りに目を向けて誰かとつながる」ことができたら、つながってくれる誰かがいたら、防げることはたくさんあるのではないかと思います。

親御さんからすれば、娘さん達を守ることも、昔と比べて大変になってきています。この映画を通じて「子どもたちをどうやって育て、守っていくか」ということも考えていただけたらと思います。

お子様連れのご家族も参加してくれた

生みの母から見た特別養子縁組の真実

妊娠相談室の鮫島かおる事務長はいかがでしょうか?

鮫島かをる事務長:映画には、生みの母から見た特別養子縁組の真実が描かれていて、素晴らしいと思ました。それと、男性側の対応、この辺りを小澤監督がリアルに描いてくれたと思います。

私どもにSOSをくださる方は、名前を告げることも、どこに住んでいるかも教えられない、お腹はどんどん大きくなる、母子手帳がなく受診もしていない、という方も多いです。

こうした方に対して、無遠慮に「助けますよ!」と迫ると、その方にとっては重圧になり、連絡が途絶えてしまうこともあるのです。ですから、ていねいに、玉ねぎの皮を一枚ずつ剥いでいくように、その方のそばで支える、というサポートが必要です。

すぐに面談やお電話で相談できればいいですが、質問に答えられない、答えたくない事情もあるため、電話は嫌だという方もいます。メールや LINEで連絡を取り合い、つないでおくことは難しいです。それでも、妊婦さんとお腹の赤ちゃんの命を最優先に慎重につながり続けます。

私たちが立ち上げた「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会(あんさん協)」では、特別養子縁組の取り扱いができる全国に6カ所の産婦人科施設と、養子縁組希望者の相談ができる22カ所の施設が連携してサポートしています。

特別養子縁組のマッチングをする場合、児童相談所の場合は、狭い範囲となってしまいますが、全国6カ所の病院とでやり取りできます。例えば、妊娠を伏せたい高校生には少し遠方の病院に入っていただき、ご自宅近くの人には気づかれないで密かに出産できます。何よりも医療従事者の看護師や助産師が寄り添えることで、とても安心感が生まれるのではないかなと思います。

こちらでは生母さんのその後も気にかけていらっしゃいますよね。

さめじまボンディングクリニック 鮫島かをる事務長

映画を観たいとおっしゃっている方もいますよ。特別養子縁組にお子さんを託した方の中から、看護師や助産師を目指している人、すでに医療職に就いている方もいます。ご自分が助けられたときのように、助ける側に立ちたいと、人生をリセットして、前向きに悲しみを乗り越えていかれる方々から、教えられています。

いまは追い込まれて悩んでいるけれど、「周りに迷惑をかけている」という思いが強く、ご自分の価値に気づいていないけれど、それぞれが持っている素晴らしい力があります。何より、お腹の中で命を育み、世に送り出していける、素晴らしいお母さんなのです。そんな女の子、女性たちから、私の方が教えられることがいっぱいあります。助ける側、助けられる側では無いと思っています。

会場に来ている子どもたちに声をかける鮫島院長

ありがとうございます。最後にこの映画をどんな方に観ていただだきたいか、メッセージをお願いします。

小澤監督:主人公のような、高校生や中学生に観て欲しいですね。同じ男性としては、男子にもぜひ観て欲しいです。男性側の状況もリアルに伝わるように表現したつもりです。特別養子縁組という選択肢があるという以前に、女性が背負うことの大きさを理屈でなく分かって欲しいと思います。

鮫島院長:男性側の話で言えば、私も男の子を持つ親御さんはぜひ観て欲しい。男の子を持つ親御さんにとっては、もし自分の息子がこうした状況になったとき、何を優先させるべきか、考えていただけると思います。

支援者や当事者、広く一般の方にみなさんに観て欲しいです。そして、日本が生まれてくる子どもの命をどう守っていくのか、みんなで考えていくきっかけになればと思います。(了)

撮影にご協力くださった同クリニックの看護師飯島美紀さんより小澤監督へ花束贈呈

さめじまボンディングクリニック⇒https://bonding-cl.jp/
あんしん母と子の産婦人科連絡協議会⇒https://anshin-hahatoko.jp/

※10月22日(火・祝)に映画『まだ見ぬ あなたに』上映会とトークセッション開催!
詳しくはこちら⇒第二回エンライト・ミーティング

取材・文 林口ユキ 写真・長谷川美祈