- 2026年08月25日
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母の願いはナチスの勝利と白いパン映画の中の子ども・家族Vol.69『白パンと独裁者』文/水谷美紀

第二次世界大戦末期、ドイツ北部の島に疎開してきた少年。ナチスに心酔する母の願いはドイツの勝利と白いパン。少年は母の願いを叶えようと奔走するのだが──。『映画の中の子ども・家族』Vol.69は、価値観が崩壊する時代を生きる少年の、母への愛と子ども時代の終焉を描いた話題の名作『白パンと独裁者』を紹介します。
疎開先の島で母を支える少年

© 2025 Bombero International Gmbh & Co. Kg
狂信的にヒトラーを信奉する母と、そんな母を支える息子。戦時中の家族を描いた映画は数多くあるが、大体は肩を寄せ合って支え合い、苦難を乗り越えようとする仲の良い家族が登場する。
その意味で本作は異色作といえるだろう。まぎれもない戦争映画でありながら、同時に「子を顧みない親」と「それでも親に愛されたい子」を描いた普遍的で秀逸な家族の物語だ。
第二次世界大戦末期。ドイツ北部にあるアルムル島に疎開してきた12歳の少年ナニングは、戦争捕虜になった父の不在を守り、臨月の母ヒレと叔母、幼い弟妹と質素に暮らしている。配給にしか頼れない生活を少しでも支えようと、ナニングは大都会のハンブルク育ちでありながら、親友とともに農作業を手伝い、わずかな食料を分けてもらっている。
ヒレはヒトラーの狂信的な信奉者で、ナチス率いるドイツ軍の勝利を微塵も疑っていない。当然ナニングもナチス少年団(ヒトラーユーゲント)に所属しているが、母親と違って世の中を冷静に見ており、終戦を望む島全体の空気や、ナチスを忌避する島民の感情も敏感に察知している。島にはシレジアや東プロイセンからの難民がたどり着き、ロシア軍が迫っているという情報も入ってきており、敗戦の気配が漂い始めている。
やがてヒトラーの死がラジオで報じられると、ヒレはショックから破水してしまう。幸い無事に出産することはできたが、ヒトラーの死を受け入れられず、食事を受けつけなくなってしまう。
洗脳された母を一途に想う息子

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愛する母が心配でたまらないナニングは、ヒレの「唯一食べたいのはたっぷりバターとはちみつを塗った白パン」という言葉を聞き、なんとしても手に入れようと決意する。物資の乏しい時代に、ましてや所持金もない少年にとってそれは困難を極める調達だったが、母に元気になってもらいたい、喜んでもらいたいという一心で、小麦粉と砂糖、はちみつ、バターを探しに出かける。ナニングは無事に白パンをヒレに食べさせることができるのか。そして息子が差し出した愛情に対し、母がとった行動は……。
戦地から遠く離れたアルムル島を舞台に展開される物語は、質素だが静謐で美しく、そして切ない。疎開地ゆえ島に爆撃で傷つく人はおらず、戦死者が出ることもない。だが、ヒトラーに心酔するあまり自分を顧みない母に対し、それでもひたむきに愛を捧げ続ける主人公ナニングの姿は、小さな楔(くさび)となって観客である我々の心に打ち込まれる。
心情を吐露する台詞はほとんど省かれているが、ひたすら母を案じ、慕って奔走するナニングの寡黙な姿からは、不安や悲しみ、ヒレへの思慕が雄弁に語られている。だが、それを母親が気づくことはない。
ヒトラーが死に、戦争が終わり、追い詰められたヒレの思わぬ行動によって、ナニングは屈辱と悲しみを背負わされる。期せずして敗戦とともに訪れたナニングの子ども時代との訣別は、未来に待ち受けるさまざまな苦難の道も予感させる。
ドイツの名匠が恩師に捧げた作品

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監督は『愛より強く』(2004)『そして私たちは愛に帰る』(2007)『ソウル・キッチン』(2009)で世界三大映画祭を30代で制覇し、さらにゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞した『女は二度決断する』(17)で世界中を熱狂させたドイツの鬼才ファティ・アキン。本作は、ドイツ映画界の重鎮であるハーク・ボームの幼少期の記憶を、愛弟子であるアキンが映画化した。ボームが書いた膨大な脚本を託されたアキンは、恩師に代わって改稿と監督を快諾。これまでのダイナミックな作風とは違う詩的で美しい作品を紡ぎ出し、キャリア最大の新境地を拓いている。
撮影には『インデペンデンス・ デイ』などで知られるカール・ウォルター・リンデンローブを起用。アキンとは初タッグだが、絵画のようなアムルム島の海景と、少年の心象風景と呼応する緊張と静寂の瞬間を美しく捉えた映像は素晴らしく、第40回全米撮影監督協会賞にノミネートされている。主演のナニングには新星として将来を嘱望されているジャスパー・ビラーベックを抜擢。ほか、ドイツ映画界のみならずハリウッドでも活躍するダイアン・クルーガーら実力者も起用し、フレッシュな感性とベテランの重みが溶け合った、奥行きのある世界を表現している。
アキンはハークから最初にこの物語を聞いたとき、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『自転車泥棒』(48)と『靴みがき』(46)、そしてチャ ールズ・ロートン監督の『狩人の夜』(55)を思い出し、ロブ・ライナー監督の『スタンド・バイ・ミー』 (86)の精神を宿らせたいと考えたという。まさにアキン自身の映画的原体験そのものとリンクした本作は、そのどの作品とも違う、少年を描いた新たな名作として残り続けるだろう。最後の1カット含めて従来のアキンとはあらゆる面で異なるが、恩師への愛にあふれた見事な作品である。
<作品情報>
『白パンと独裁者』
絶賛公開中
監督:ファティ・アキン
脚本:ハーク・ボーム、ファティ・アキン
出演:ジャスパー・ビラーベック、ローラ・トンケ、リーザ・ハークマイスター、キアン・ケップケ、ダイアン・クルーガー
93分/1:1,85/2025/ドイツ語/ドイツ/原題:AMRUM
配給:ビターズ・エンド 日本語字幕:吉川美奈子
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