- 2026年03月06日
- _レビュー
偽りの出会いから生まれたつながり映画の中の子ども・家族 Vol.62『レンタル・ファミリー』 文/水谷美紀

東京で暮らす落ちぶれたアメリカ人俳優が、偽りの家族を派遣する“レンタルファミリー”の仕事で、少女の父に扮する。ところが真実を知らない少女は彼を実父だと信じて懐いてしまい……。『映画の中の子ども・家族』Vol.62は、嘘の関係で始まった人々の交流を描いた話題作『レンタル・ファミリー』を紹介します。
嘘の時間に芽生えた本物の愛情

©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
長編デビュー作『37 セカンズ』(2019)が第69回ベルリン国際映画祭でパノラマ観客賞を受賞し、新作『BEEF/ビーフ』(2022)や『TOKYO VICE』(2023)も好評な映画監督HIKARI。10代で渡米し、アメリカを拠点に活躍する監督の最新作は、東京で暮らすアメリカ人俳優が“レンタルファミリー”の仕事を通してさまざまな体験をする姿を描いた意欲作だ。
来日して7年になるフィリップは、俳優の仕事もパッとせず、親しい友人も家族もいない。将来の展望も見えず孤独な日々をやり過ごしていたフィリップだったが、あるとき家族や友人・愛人などの代役となる人物を派遣する“レンタルファミリー”を経営する多田と出会い、頼まれるがままにさまざまな人物に扮することになる。
本人とは別の人物になることは役者にとっては日常であり、馴れた仕事だ。だがレンタルファミリーの仕事が演技と大きく異なる点は、関係者のなかに事実を知らされていない人間が混じっていることだ。
フィリップを役割のままの人物だと信じている相手は、ときに驚くほど素直に心を開く。フィリップも全力で応えているうちに、両者の関係はどんどん“本物”になっていく。
孤独な時代の、新しいつながり

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なかでも受験のためと母親に雇われ、生き別れた本物の父親の代役として出会った小学生の少女・美亜と、娘からの依頼で雑誌記者として定期的に会うことになった老俳優・長谷川喜久雄との関係は特別だ。父親を知らずに育った美亜はあっという間にフィリップに懐き、夢中になっていく。一方、かつては大スターだったものの現在は世間に忘れられて暮らす長谷川もまた、親身になって話を聞いてくれるフィリップは最高の話し相手であり、急激に信頼を寄せていく。
そんな二人の感情に、自身も孤独であるフィリップはたちまち呼応してしまう。仕事を超えて彼らとの信頼関係を築き始めたフィリップは、やがて美亜に対して母親の依頼以上の言動をし始め、長谷川の生涯最後の望みを独断で叶えようとしてしまう。
本作は“レンタルファミリー”という偽りの関係で出会った人々の間に予期せず生まれた愛情や友情を描いた作品だが、同時に現代人はこれほどまでに孤独を抱えて生きているのだ、という残酷な現実も突きつけている。
家族関係や友情関係、あるいは恋愛関係を築き育てることがより困難になった現代、特に悩みをオープンにできる場所もカウンセリング機関も充実していない日本において、レンタルファミリーのようなビジネスは想像以上の需要があるだろう。HIKARI監督の事前リサーチによると、本作はフィクションだが、近い仕事を生業にしている会社は日本に約300社あったという。
日米名優を起用。柄本明の新たな代表作

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出会いが金銭を介した偽りの関係であったとしても、フィリップと美亜、フィリップと長谷川の間に芽生えた感情はまぎれもない本物だ。フィリップと美亜の間に親子の情愛が育ったのは、もちろん血が繋がっていたからではないし、長谷川との間に友情が芽生えたのも、彼が有名俳優だったからではない。幾度も顔を合わせ、心を通わせたことによって「たったひとりの人」になったからだ。そんな彼らの関係は、サン=テグジュペリ『星の王子さま』に登場する「きみがバラのために費やした時間の分だけ、きみのバラは大切なものになるのだ」という台詞を思い起こさせる。
主演のフィリップ役には『ザ・ホエール』(2022)で第95回アカデミー賞®主演男優賞を受賞したブレンダン・フレイザー。繊細でエモーショナルな高い表現力と、どこかファニーで親しみのある存在感は、彼以外にこの役はなかったと思わせるほどマッチしている。
一方、長谷川喜久雄役を演じた柄本明も素晴らしい。アクが強く個性的な役づくりの印象が強い柄本だが、今回はむしろ何気ない演技のなかに表出する役者としての凄みに圧倒される。世界に柄本明が知られる大きな機会になったことを心から喜びたい。ベテラン俳優・柄本明の新たな代表作の誕生だ。
ほか日本人キャストには『SHOGUN 将軍』(2024)をはじめアメリカでの知名度も高い平岳大、山本真理、森田望智、安藤玉恵など、実力者を起用。外国人受けの演出をせず、どこか伊丹十三を想わせる仕掛けと笑いのバランスもいい。日本人を含めた全世界の人々に愛される、人が人を想うことの大切さを伝えるウェルメイドな作品だ。
<作品情報>
『レンタル・ファミリー』(原題:Rental Family)
全国公開中
■監督: HIKARI『37セカンズ』「TOKYO VICE」「Beef/ビーフ」
■出演:ブレンダン・フレイザー、平 岳大、山本 真理、柄本 明、ゴーマン シャノン 眞陽、木村 文、 安藤 玉恵、 森田 望智、篠﨑 しの、真飛 聖 ほか
■配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
■コピーライト:©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.