愛しているけど許せない。父と娘の再会映画の中の子ども・家族 Vol.61『センチメンタル・バリュー』 文/水谷美紀

© 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE
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家族を捨てた映画監督の父が、数十年ぶりに現れる。最新作のヒロインを演じてくれと言われた俳優の娘は、積年の怒りと哀しみを抑えられず──。『映画の中の子ども・家族』Vol.61は第78回カンヌ国際映画祭 グランプリを受賞。『私は最悪』の監督が放つ、愛がもつれた家族の物語『センチメンタル・バリュー』を紹介します。

傷ついた心が、伝わらない

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2025年、第78回カンヌ国際映画祭において本映画祭最⻑の19 分間スタンディングオベーションを巻き起こし、グランプリを受賞した話題作がついに公開。監督は『わたしは最悪。』(2021)が日本でも大ヒットしたヨアキム・トリアー。主演に再びレナーテ・レインスヴェを迎え、父親役には監督の叔父にあたるラース・フォン・トリアー監督『奇跡の海』(1996)で知られる名優ステラン・スカルスガルドを起用。前作では恋愛と人生の選択に揺れる女性をリアルに描いた監督が、本作では愛憎半ばする父と娘の関係を緊張感をもって描く。

物語の舞台はオスロ。舞台俳優として活躍しているノーラと、家庭をもって幸せに暮らしている妹アグネス。そんな姉妹のもとに、自分たち姉妹と母を捨てて長らく音信不通だった映画監督の父グスタヴが現れる。15年ぶりの復帰作となる新作映画は、幼少期のグスタヴと母親を彷彿とさせる自伝的な作品だ。そのヒロインをノーラに演じてほしいと頼むためにやって来たのだ。だが、父を許していないノーラはオファーをきっぱりと拒絶。するとグスタヴはあっさりアメリカ人の人気スター、レイチェルを代わりに起用してしまう。さらに家族がかつて暮らした実家で撮影をおこなうと知り、ノーラは父に対して長年抱えて来た怒りと失望を抑えられなくなる。

秘められたトラウマの連鎖

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父親に捨てられたトラウマが癒えぬままのノーラは、女優として順調なキャリアを築いているが、私生活は孤独で特定のパートナーも持たない。その姿は他人と親密な関係を築くことが苦手というより、まっすぐな愛情を注ぐことを恐れているかのようだ。

そんなノーラと対照的なのが妹のアグネスだ。子役として父の代表作に出演したものの、女優の道を選ばず結婚し、愛する夫と息子と暮らしている。センシティブなノーラと違い、アグネスは落ち着いた性格で、不安定になるノーラを支え、ときに心のケアをするなど、本来の姉妹とは逆転した関係だ。

ノーラにとってグスタヴは自分たちを捨てた身勝手な父親だが、彼自身も幼少期のトラウマがあり、家庭から逃げた遠因に負の連鎖を読み取ることもできる。本作はそんなふたりがそれぞれに抱える孤独や姉妹の補完関係も描いており、父と娘の相克を描いただけでは終わらない。ヨアキム・トリアーの監督としての成熟度を感じさせる奥行きのある作品だ。

歴史を記憶する“家”の物語

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また、本作は“家”そのものについての映画でもある。家は代々家族が住んだ歴史だけでなく、そこで起こったさまざまな出来事とともに喜びや怒り、悲しみ、面と向かっては言えず抑圧された感情まで吸い込み、記憶している。本作の舞台となった家も100年近く彼ら一家の歴史を見聞きしており、その存在感は精霊のようだ。ノーマやアグネスだけでなくグスタヴもかつて彼の母親とこの家で暮らし、現在はアグネスの9歳の息子も出入りしている。離散した一家の再会を描いた本作にとって、家族の歴史や悲しみをつぶさに見てきた家を舞台にすることは不可欠だったといえよう。

傷つき、失望し、憎み、諦め、それでもなお本心では父に痛みをわかってもらいたいと希求するノーラを演じたレナーテ・レインスヴェの演技は圧巻で、息を呑む。そんな姉を支えるアグネス役のインガ・イブスドッテル・リッレオースに、まさに適役のエル・ファニングがハリウッドから参加。美しいオスロの自然と光を感じさせる映像のなかで、それぞれが抱える繊細な想いが交錯する。そして、伝わらない父と娘が最後にたどり着く場所は。見事なラストシーンまで目が離せない、タイトル通りの“代えがたい”(sentimenntal value)作品だ。

〈作品情報〉
『センチメンタル・バリュー』
2月20日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督:ヨアキム・トリアー 『わたしは最悪。』
脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演:レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、インガ・イブスドッテル・リッレオース、エル・ファニング
配給:NOROSHI ギャガ
英題:SENTIMENTAL VALUE/2025年/ノルウェー/カラー/ビスタ/5.1ch/133分/
字幕翻訳:吉川美奈子/レーティング:G