〝デュオ安楽死″を望む夫婦と葛藤する家族映画の中の子ども・家族 Vol.60『両親ふたりが決めたこと』 文/水谷美紀

© 2024.LASTOR MEDIA, KINO PRODUZIONI,ALINA FILM ALL RIGHTS RESERVED.
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末期がんの妻が安楽死を選択する。愛妻家の夫は一緒に命を絶つ〝デュオ安楽死″を望む。だがそれを知った家族は──。『映画の中の子ども・家族』Vol.60は、欧州で増えている“デュオ安楽死”を描いたスペイン発の話題作『両親ふたりが決めたこと』を紹介します。

健康な親も「一緒に死にたい」と言ったら

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もし親が「安楽死をする」と宣言したら。さらに、健康であるもう一人の親も「一緒に安楽死する」と告白したら。日本では法律で禁止されている安楽死だが(※1)海外では合法化されている国も多い。さらに近年では〝デュオ安楽死″(ジョイント型とも呼ばれる)もヨーロッパを中心に増えているという。高齢夫婦のどちらかが終末期を迎えて安楽死するとき、パートナーは健康であっても共に安楽死できるという同時安楽死のことだ(※2)。

〝デュオ安楽死″を決意した高齢の夫婦と、衝撃を受けた子ども達の葛藤を描いた本作は、安楽死の是非とは別に、死を受容するまでの夫婦と家族の珠玉の物語として大きく注目を集め、トロント国際映画祭では「作品賞」を受賞。ミュージカルシーンを含んだスペイン映画らしいドラマチックな作風は、安楽死を扱った数々の映画とは一線を画しており、人間賛歌としての側面ももつ意欲作だ。

(※1)積極的な安楽死は日本では違法であり、刑法199条殺人罪または刑法202条の嘱託殺人・同意殺人罪に相当し、実質的に禁止されている。
(※2)欧州においてデュオ安楽死は2022年の1年間で29組以上(計58人)に実施。2020年と比較して2年間で2倍以上に相当する。また、安楽死する60%は癌罹患者であった。オランダ地域安楽死審査委員会(RTE)調べ

女として、母として。死の間際まで生き切るヒロイン

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末期がん患者である80歳のクラウディアと、彼女を愛する夫フラビオが選んだのは、ふたりで一緒に安楽死する〝デュオ安楽死″。だが夫婦が暮らすスペインでは単独の安楽死しか認められていないため、ふたりはデュオ安楽死ができるスイスに行くことを計画する。

病気の母親のために同居を始めた末娘のヴィオレタは、両親の結婚パーティという名目で長男と長女を呼び寄せる。だがパーティの席上で母ひとりの安楽死ではなく父も一緒であると告げたことで、和やかだった宴はめちゃくちゃになってしまう。舞台女優でアクの強いクラウディアとそれなりにうまくやって来たヴィオレタは、両親の決意をなんとか受け止めようとする。クラウディアに対しずっと複雑な想いを抱き続けてきた長女レアは、今回のデュオ安楽死も母親の意向だと決めつけ非難する。長男のマヌエルは「好きにすればいい」とあっさり許容する。同じ親から生まれても関係性は三者三様だ。死の間際になっても氷解しない長女との確執や、対照的ともいえる末娘との仲の良さが浮き彫りになるところは、家族ドラマとして生々しく見応えがある。

重要シーンをミュージカルで表現したスタイルは斬新。クラウディアを舞台女優という設定にしたこともあって、不思議なほど違和感がない。ボブ・フォッシー的なダンスはもとより、ハリウッド・ミュージカル黄金期に活躍したバスビー・バークレーの振り付けを想起させる幾何学的で万華鏡のような群舞シーンは目に楽しく、安楽死を扱った作品であることを一瞬忘れそうになるほどだ。

欧州で増え続ける〝デュオ安楽死″

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死ぬギリギリまで美しくありたい、夫に魅力的に思われていたいと願うクラウディアを演じたのは、ルイス・ブニュエル監督の遺作『欲望のあいまいな対象』(1977)でキャロル・ブーケとふたりでひとりのヒロインを演じて世界的なスターになったスペインの国民的女優アンヘラ・モリーナ。撮影当時68歳の彼女が80歳の舞台女優役を堂々とチャーミングに演じている。ときに死期の迫った妻にブラックジョークを繰り出す愉快で優しい夫役にはアルフレード・カストロ。病に蝕まれた妻と違って健康で若々しく魅力的な夫を好演しており、「まだ死ぬには惜しい」「本当に安楽死するのか? しないのか?」と最後まで観客を悩ませる絶妙な存在感を発揮している。

親の看取りや自身の闘病が身近になった世代にとって、最期の迎え方は特に切実なテーマだ。映画でも本作以外にここ数年でミヒャエル・ハネケ監督『愛・アムール』(2012)や本連載でも紹介したフランソワ・オゾン監督『すべてうまくいきますように』(2020)、早川千絵監督『PLAN75』(2022)、ペドロ・アルモドバル監督『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(2024)など安楽死や介護疲れによる殺人を扱った作品が増えている。現実世界でも2022年にジャン=リュック・ゴダールがスイスで安楽死を遂げたことは記憶に新しいが、2024年にオランダのドリス元首相(93)が妻と共に同時安楽死を遂げたことで安楽死だけでなくデュオ安楽死への関心も一気に高まった。

おもに終末期患者に対しておこなわれる安楽死(積極的安楽死・消極的安楽死)への考えは個人・国・宗教ごとに異なる。とはいえ「与えられた生は全うすべき」という倫理観は全世界で根強く、安楽死の容認が意に反する死の義務化につながる(弱い立場の人が望まぬ死に追いやられる)「すべり坂」への危険性も指摘されている。

それでも、なるべく苦しまずに最期を迎えたいという想いがすべての人に共通していることは間違いない。本作は自分の死生観や死に方について考える貴重な機会になるだろう。

<作品情報>

両親ふたりが決めたこと

2月6日(金)シネマート新宿ほか全国順次公開
配給:百道浜ピクチャーズ
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監督:カルロス・マルセット
脚本:カルロス・マルセット、クララ・ロケ、コーラル・クルス
出演:アンヘラ・モリーナ、アルフレード・カストロ、モニカ・アルミラル・バテット、パトリシア・
バルガロ、アルバン・プラド
2024年/スペイン、イタリア、スイス/英語、スペイン語/106分/16:9/G
原題:Polvo serán 英題:THEY WILL BE DUST
配給:百道浜ピクチャーズ
公式サイトhttps://www.m-pictures.net/futarigakimeta/