- 2025年10月11日
- _レビュー
新世代の才能が描く、壊れた家族の再会映画の中の子ども・家族 Vol.59『見はらし世代』 文/水谷美紀

仕事優先の父親と訣別し、成人した姉弟。帰国した父とたまたま再会したことで、新たな時間が流れ始める──。『映画の中の子ども・家族』Vol.59は変わり続ける渋谷を舞台に、注目の新鋭監督が描く家族の物語『見はらし世代』を紹介します。
変貌する街、変貌する家族

©2025 シグロ / レプロエンタテインメント
2025年5月、第78回カンヌ国際映画祭の監督週間に日本人史上最年少で選出された団塚唯我。撮影当時26歳だった監督が描いたのは、再開発中の渋谷を舞台にした家族の物語だ。
胡蝶蘭の配送運転手として働く青年・蓮は、あるとき配送先で一切連絡をとっていなかった父親の初と7年ぶりに再会する。そのことを姉の恵美に告げるが、彼女は今さら関わる気はない、興味もないと言って自分の結婚準備を進める。ランドスケープデザイナーとして家庭を犠牲にして働いていた初は、ある出来事をきっかけに家族と訣別して海外へ移住、成功して帰国した後は今の渋谷を象徴する商業施設のプロジェクトを率いていた。
幸せだった家族の記憶が忘れられず、父親との関係を復活させたいと思う蓮。弟と違って強いわだかまりが消えていない恵美。過去に懺悔しつつも昔のままの初。否応無く変わり続ける渋谷の街で、それぞれ異なる感情を抱えた三人の心が動き、交錯する。
日本人史上最年少。カンヌが認めた才能

©2025 シグロ / レプロエンタテインメント
カメラは一度崩壊した家族が再び接近する様子と、犠牲を伴いつつ問答無用に生まれ変わっていく渋谷の街を、少し引いた距離を保って丹念に繊細に描いていく。その視線は一見軽やかだが、観るものの心に後々まで余韻を残す独特の寂寥とみずみずしく温かい感情に満ちている。
父と姉の間を取りもち、子ども時代のようになれたらと願う蓮の若者らしい不器用さといじらしさ、衝動性、いかにも弟といった姉とのやり取りなど、最初から最後まで魅力的な主人公で目が離せない。一方、家族の再生など見向きもしていないようでいて、実は弟より過去にこだわっており傷が癒えていない恵美の切ない人物像もリアルである。
利己的な父親であり成功者である中年男性の初が、20代の監督にとってもっとも描きづらかった人物かもしれない。だが傲慢、または偽善的といったステレオタイプに陥らず、幾つになっても人は未成熟な生き物であることを初を通して表現した手腕と感性は見事。時に感情を爆発させる若い蓮と、常にクールな仮面をかぶっていた初が逆転し、蓮が大人の眼差しに、初が子どものように弱さをさらけ出すシーンは必見だ。ファンタジーの匙加減も絶妙である。
今の渋谷を映した、未来に残る作品

©2025 シグロ / レプロエンタテインメント
主人公・蓮を演じたのはNHK連続テレビ小説『ブギウギ』で鮮烈なデビューを飾り、『さよならほやマン』(2023)で日本批評家大賞 新人賞を受賞した黒崎煌代。姉・恵美役には『菊とギロチン』(2018)や『鈴木家の嘘』(2019)で数々の新人賞に輝き、若手実力派として活躍中の木竜麻生。父親・初役には遠藤憲一を起用。映画の印象を左右する重要な役を好演した。母親・由美子役の井川遥、初の恋人マキ役の菊池亜希子も抑えた演技ながら存在感を発揮している。
本作を傑作にたらしめた理由は、見事な人物描写だけでなく、舞台となった渋谷という街に対する監督のスタンスも大きいだろう。外国人受けする渋谷の街をうまく取り入れただけの作品、このスタッフは実は渋谷を好きじゃないんだろう、思い入れもないのだろうと感じる作品は多いが、それらの作品とは根本的に異なり、監督にとって身近で愛着のある街であることが見て取れる。渋谷とその周辺をよく知る人間なら容易に特定できる場所が数多く登場するが、いかに監督が丹念にロケハン(ロケーションハンティング)を重ね、撮影したかが伝わってくる。
『見はらし世代』というタイトルは一見すると傍観者的だが、人と街に対する監督の眼差しは傍観的ではない。街を舞台にした映画、ある意味で街が主役にもなる映画を撮影する際の本気が映像になって映し出されている。監督の目でとらえた渋谷を見ていると、なぜか切なく、胸が熱くなってくる。5年、10年、あるいはもっと先まで、本作は当時の渋谷と、そこに生きた若者を描いた映画として残り続けるだろう。
<作品情報>
見はらし世代10月10日(金)Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
©2025「見はらし世代」製作委員会
出演 : 黒崎 煌代 / 遠藤 憲一 / 井川 遥 / 木竜 麻生 / 菊池 亜希子
中村 蒼 / 中山 慎悟 / 吉岡 睦雄 / 蘇 鈺淳 / 服部 樹咲
石田 莉子 / 荒生 凛太郎
監督・脚本 : 団塚 唯我
企画・製作 : 山上 徹二郎
製作 : 本間 憲、金子 幸輔
プロデューサー : 山上 賢治
アソシエイト プロデューサー : 鈴木 俊明、菊地 陽介
撮影 : 古屋 幸一 / 照明 : 秋山 恵二郎、平谷 里紗
音響 : 岩﨑 敢志 / 編集 : 真島 宇一 / 美術 : 野々垣 聡
スタイリスト : 小坂 茉由
ヘアメイク : 菅原 美和子、河本 花葉
助監督 : 副島 正寛 / 制作担当 : 井上 純平
音楽 : 寺西 涼
制作プロダクション : シグロ
©2025 シグロ / レプロエンタテインメント
公式ホームページ:https://miharashisedai.com/
映画公式X(旧Twitter):@Miharashi_Movie
映画公式Instagram:@brand_new_landscape