- 2025年09月24日
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音楽で繋がる指揮者と生き別れの弟映画の中の子ども・家族Vol.58『ファンファーレ!ふたつの音』文/水谷美紀

病に倒れたスター指揮者がドナー探しの過程で出会ったのは、寂れた炭鉱町で暮らす生き別れの弟。弟に絶対音感があると知った兄は、彼の音楽活動と人生の両方を応援しようと決心するが──。『映画の中の子ども・家族』Vol.58は、フランスで大ヒットを記録し、数々の賞に輝いたヒューマンドラマ『ファンファーレ!ふたつの音』を紹介します。
病気になって知った実弟の存在

© 2024 – AGAT Films & Cie – France 2 Cinéma ©Thibault Grabherr
世界的な音楽家が、寂れた炭鉱の町で暮らす生き別れの弟と出会う。交わるはずのなかった2人の人生が交錯し、新しい絆が芽生えていく。フランスで260万人を動員し、セザール賞主要7部門ノミネート、 各国の映画祭でも数々の賞を受賞した『ファンファーレ!ふたつの音』は、音楽で繋がった兄弟を描いた笑いと切なさに溢れたヒューマンドラマだ。監督は俳優としての長いキャリアのあと監督に転向、『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』(2020)の大ヒットによってその地位を確固たるものにした、エマニュエル・クールコル。
物語は世界を股にかけて活躍するスター指揮者ティボが倒れたところから始まる。白血病と診断されたティボは、適合するドナーを探す過程で自分の出生の秘密を知る。やがて北フランスの田舎で暮らすジミーが生き別れた弟だと判明し、藁にもすがる思いで彼の家を訪問する。突然の「実兄」の登場に面食らい、当初は拒絶するジミー。だが、心優しい養母の説得を受け、ドナーになることを承諾する。
手術は成功し、ジミーに対し命の恩人以上の強い繋がりと愛情を感じたティボは、やがて遺伝子の力か偶然か、ジミーが町の吹奏楽団“ワランクール炭鉱楽団” でトロンボーンを吹いていること、大の音楽好きであること、そして絶対音感の持ち主であることを知る。音楽という思わぬ共通点が、ふたりの距離を一気に縮め、別々に過ごしてきた時間を埋めていく。たまたま資産家の家にもらわれた自分と、愛情は受けたものの裕福とはいえない環境で育った弟。ティボは自分にできる全力でジミーを支えようと決心する。
大衆的でいて格調高い、愛の物語

© 2024 – AGAT Films & Cie – France 2 Cinéma ©Thibault Grabherr
ジミーが暮らす町はかつては炭鉱で栄えたものの、今ではすっかり廃れている。工場も封鎖されて人々の生活は厳しく、ジミーが所属する吹奏楽団の存続も危ぶまれている。ジミー自身も離婚して娘と別々に暮らしており、想いを寄せる楽団員のサブリナに対しても一歩踏み出せずにいる。
吹奏楽団の指揮者がいなくなったのを機に、ティボはジミーに指揮者になることを勧める。ためらうジミーを励まし、忙しい身を削るようにして自ら指導を買って出る。さらにティボは自分のネームバリューを使って、吹奏楽団と町をPRするためのコンサートまで企画する。ティボの努力で全ては少しずつうまく回り始めた。ところがジミーの心に芽生えたある「夢」をきっかけに、計画は思わぬ事態に。そしてティボにも異変が……。
養子問題、雇用問題、経済格差、兄弟、恋愛、音楽。さまざまな要素が込められたストーリーは、ともすればまとまりのない作品になってしまう危険をはらんでいる。だがエマニュエル・クールコルはこの難題を見事にさばき、ティボとジミーふたりの絆を軸にしたテンポのよいドラマに仕上げた。特に冒頭、出生の秘密や兄弟の再会による葛藤など、時間をかけたくなる場面を手短に終わらせ、スピーディに「ふたりになってからのドラマ」をスタートさせた潔い手腕には感心させられる。
ジミーの抱いた夢や、ティボが目論む吹奏楽団のPR計画など、一歩間違えると陳腐で「クサく」なりそうな展開も、絶妙な着地を果たしている。安易なドラマを良しとしないフランスで大ヒットしたのもうなずける。
カンヌ、セザール賞常連の実力派が結集!

© 2024 – AGAT Films & Cie – France 2 Cinéma ©Thibault Grabherr
この映画のもう1つの主役はなんといっても音楽だ。ベートーヴェン、モーツァルト、ドビュッシーからラヴェルの『ボレロ』といったクラシックの名曲だけでなく、シャルル・アズナブールにダリダと、一定以上の世代のフランス人なら誰もが口ずさめるヒット曲までがすべて効果的に使われている。タイトルにふさわしいエンディングの演奏シーンは思わず胸が熱くなる。
また、この作品を成功に導いた大きな理由のひとつに、実力者を集めたキャスティングがあることは間違いない。弟のジミー役にはフランソワ・オゾン監督の最新作『秋が来るとき』(2024)でも強い存在感を発揮し、今、名だたる監督からのラブコールが絶えないピエール・ロタンが前作に続いて出演。ジミー役は彼の当て書きだったというが、一見粗野だが繊細なジミーを魅力的に演じている。
一方、兄ティボ役にはエリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ監督の『セラヴィ!』(2017)やウェス・アンダーソン監督『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、 カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021)などで知られるバンジャマン・ラヴェルネが好演。一流スターである指揮者を力みなくナチュラルに演じきった。ティボを(この手の映画にありがちな)嫌味なタイプのスターにせず、生活水準の違うジミーや仲間達に戸惑いながらも自然に溶け込んでいく好人物、まっすぐジミーを愛する新米のお兄ちゃんといったキャラクターにした点もいい。
サラ・スコ演じるサブリナやティボの妹、ふたりの育ての母など、女性陣はみな愛情深いキャラクターであり、彼女たちの優しさが通底音として終始作品を支えている。ジミーの所属するワランクール炭鉱楽団というのは架空の楽団だが、メンバー役は撮影をおこなったフランス北部ドゥエ近郊の町、ラレンで実際に活動しているラレン市営炭鉱労働者楽団の団員が演じている。
寂れた炭鉱の町を舞台にした社会派ドラマやヒューマンコメディといえばイギリスのお家芸だと思っていたが、本作でその見識を新たにした。『ブラス!』(1996)や『リトル・ダンサー』(2000)といったイギリス映画のファンも見逃せない、フランス生まれの新たな名作だ。
<作品情報>
『ファンファーレ!ふたつの音』
全国公開中
監督・脚本:エマニュエル・クールコル『アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台』
共同脚本:イレーヌ・ミュスカリ
出演:バンジャマン・ラヴェルネ、ピエール・ロタン、サラ・スコ
フランス/2024年/103分/仏語/カラー/5.1ch/
原題:En Fanfare /英題:THE MARCHING BAND/
日本語字幕:星加久実/字幕監修:前島秀国
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
配給:松竹
© 2024 – AGAT Films & Cie – France 2 Cinéma ©Thibault Grabherr
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/enfanfare/