娘の失踪を語る、革新的なドキュメンタリー映画の中の子ども・家族Vol.53『Four Daughters フォー・ドーターズ』文・水谷美紀

© 2023, TANIT FILMS, CINETELEFILMS, TWENTY TWENTY VISION, RED SEA FILM FESTIVAL FOUNDATION, ZDF, JOUR2FÊTE
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過激派組織に加わり、祖国チュニジアを捨ててリビアに消えた長女と次女。残された母とふたりの妹は、俳優を加えて自分たちの物語を語り直し、失踪までの過程をたどる。『映画の中の子ども・家族』Vol.53は革新的な手法で衝撃の実話を描き、カンヌ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した『Four Daughters フォー・ドーターズ』を紹介します。

母娘と俳優で追体験する家族の歴史

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『皮膚を売った男』(2020)などで知られるチュニジアの監督カウテール・バン・ハニアの最新作『Four Daughters フォー・ドーターズ』は、イスラム過激派組織IS(イスラム国)のメンバーとなったふたりの娘をもつ母オルファを主人公に、かつて5人だった家族の日々を俳優を交えて再現し、消えた娘の決断を読み解く異色のドキュメンタリーだ。

長女ゴフランと次女ラフマがISのメンバーとなり、リビアで行方不明になっていることを世間に公表したオルファ。一躍マスコミの注目を集めた彼女を知った監督はオルファにカメラを向け、ゴフランとラフマがISに傾倒した経緯を探る。ゴフランとラフマの不在は姿を似せた2人のプロの俳優が埋め、オルファだけでなく残された三女エヤと四女テイシールも自ら撮影に参加することで、失われた家族の時間がカメラのなかによみがえる。

母と娘は自分たちの物語をもう一度語り直すことで、家族の絆を再認識し、ふたりが消えた時の状況を思い返す。オルファ自身が再現するのはつらい場面は、エジプトやチュニジアで活躍するベテラン俳優ヘンド・サブリがオルファに扮し、過去の言動をなぞっていく。ときには同じ姿をしたふたりのオルファがカメラのなかに出現し、現実と記憶の世界を行き来する。まるでギリシャ悲劇を観ているような神秘性と舞台性を感じさせる斬新なアプローチだ。

カメラの前でオルファは屈託なく自分の結婚や恋愛を語り、長女と次女を失った喪失感を告白する。一方、エラとテイシールは楽しかった幼い頃を振り返り、姉たちに似た俳優を喜び、ふたりの姉を恋しがって涙を流す。

虐待、秘密、絆。自らが語る女性の歴史

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本作はふたりの少女がIS(イスラム国)に傾倒していった経緯を追いながら、同時に二世代にわたるチュニジア人女性の受難の歴史も浮き彫りにしていく。

現在より男女差別が激しかった1990年代のチュニジアで、男のような姿になって家族を守ってきたオルファは、年頃になると顔も知らない相手と結婚させられる。オルファの人権はほとんどないといってよく、拒否することなどもちろんできない。処女信仰の強い家族からは血のついたシーツの提出まで要求される。

愛のない結婚生活を経て4人の娘の母となったオルファは離婚し、やがてウィセムという男に初めての恋をする。だが娘たちから父親のように慕われていたウィセムの正体は、少女に危害を加える“狼”だった。ずっと母に言えず姉妹の間で秘密にされてきた真実をカメラの前で告白したテイシールが「父親だと思っていたので、ひどいことをされても憎めない」と苦悩するシーンは典型的なグルーミングの構図を表している。

若い頃から男まさりだったオルファだが、その一方で代々刷り込まれてきた男権主義の思想から、娘たちへの態度は封建的だ。特に、年頃になって露出度の高い格好やゴスのファッションをし始めたゴフランを、オルファは容赦しない。

娘を「あばずれ」と弾劾するオルファは「女性の体は恥ずかしい」と思っており、他人にさらすものではないと考えている。その根底には「女性の体は夫の物である」という家父長制の考えが横たわっている。そんな母親に対し、次世代の人間である娘が「女性の体は夫の所有物ではない。私の体は私の物」ときっぱり言い放つシーンは清々しい。

世界中で問われる負の連鎖

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2010年から2011年にかけて起こったジャスミン革命(民主化運動)の影響は中東や北アフリカの各国に広がり、数々の政治革命を引き起こす“アラブの春”へと発展する。その後、リビアで勢力を強めたイスラム過激派組織IS(イスラム国)のメンバーと接触をもったゴフランとラフマは、ヒジャブを身につけるようになり、あっという間にイスラム原理主義に染まっていく。

祖国を捨ててISに身を投じたゴフランとラフィアはリビアで拘束され、現在はトリポリの刑務所に収監されている。ISのメンバーとなった若い女性のなかには組織のメンバーと恋に落ち、結婚するケースも数なくないという。ゴフランもやはりテロの首謀者と結ばれ、ファトマという娘をひとりもうけていた。

貧困によって教育を受けられず、女性であることで苦労を強いられてきたオルファ。女5人で幸福になる道を模索したが、長女と次女はイスラム原理主義に洗脳され、ISメンバーとして獄中に繋がれてしまった。幼い孫娘がさらなる負の連鎖にからめ取られる前に、一刻も早く娘たちをチュニジアへ送還してもらいたい。祈るような気持ちを胸に、オルファは母として、女性として、今も闘っている。

<作品情報>

Four Daughters フォー・ドーターズ
3月14日(金)より新宿シネマカリテ他 全国順次公開

監督・脚本:カウテール・ベン・ハニア 撮影:ファルーク・ラリード 美術:ベッサム・マルズーク 編集:ジャン=クリストフ・ハイム、クタイバ・バルハムジ、カウテール・ベン・ハニア 音楽:アミン・ブハファ 出演:ヘンド・サブリ、オルファ・ハムルーニ、エヤ・シカウイ、テイシール・シカウイ、ヌール・カルイ、イシュラク・マタル、マージ・マストゥーラ

【2023年 / フランス、チュニジア、ドイツ、サウジアラビア / アラビア語 / 107分 / 1.85 : 1 / カラー】  日本語字幕:橋本裕充 字幕監修:鷹木恵子 配給:イーニッド・フィルム

© 2023, TANIT FILMS, CINETELEFILMS, TWENTY TWENTY VISION, RED SEA FILM FESTIVAL FOUNDATION, ZDF, JOUR2FÊTE

■公式サイト:https://enidfilms.jp/fourdaughters

■公式X :https://x.com/fourdaughtersJP