映画少年が経験する成長の痛み映画の中の子ども・家族Vol.51『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ 』文/水谷美紀

©️2022 VHS Forever Inc.All Rights Reserved.
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2003年。人とうまく付き合えない映画マニアの少年が、レンタルビデオ店でアルバイトを始める。他人への思いやりに欠け、唯一の親友さえ傷つけてしまう彼だったが、新たな出会いによって少しずつ社会のルールを学んでいく。ところが思わぬ事件が起こり──。『映画の中の子ども・家族』Vol.51は世界の映画好きを熱狂させている話題の青春映画『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』を紹介します。

共感度100%! 青くて痛い少年時代

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トロント国際映画祭で激賞され、カナダ本国のみならず世界各国の映画祭で数多くの賞を受賞している『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ 』。他人を思いやれない映画マニアの少年が、レンタルビデオ店での出会いを通じて自らも傷つきながら成長していく物語は、『ゴーストワールド』(2001)『レディ・バード』(2017)『ミッドナイティーズ』(2018)など、青春映画の名作に連なる作品としてすでに多くのファンを獲得している。

舞台は2003年、カナダのオンタリオ州バーリントン。主人公のローレンスは映画だけが生きがいの17歳。情緒不安定で人とうまく付き合えない彼の願いは、カナダ国内の大学ではなくNYU(ニューヨーク大学)に進学し、憧れの映画監督トッド・ソロンズから映画を学ぶこと。

そんな彼にもひとりだけ相棒がいる。人気テレビ番組SNL(サタデーナイトライブ)のファンであるクラスメートのマットだ。ふたりだけのイベント“はみ出し者の夜”を開催し、毎週末どちらかの家に泊まってSNLを鑑賞するほどの仲だ。それなのに自分もNYUに行ってもいいかというマットの言葉を、ローレンスは喜ぶどころか拒絶してしまう。NYUで趣味の合う友達をつくって人生を一新させるつもりのローレンスにとって、マットは故郷にいる間だけ仕方なくつるむ“仮の友達”であり“高校時代の友達”だからだ。相手の気持ちを推し量ることが苦手なローレンスは、そのことをわざわざマット本人に言ってしまい、それを機にふたりは疎遠になっていく。

高額なNYUの学費を捻出するために、ローレンスは地元のレンタルビデオ店『シークエルズ』でアルバイトを始める。自称映画嫌いの店長アラナをはじめ、大人のスタッフに囲まれて働くうちに、少しずつ社会のルールを身につけていくローレンス。ところがマットと仲直りをしようとしたことがきっかけに、思わぬトラブルを起こしてしまう。

手加減のないリアルな人物造形

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人とうまくやれない少年を描いた作品は、これまでにも山ほど作られてきた。だが本作がそのなかでも突出して魅力的なのは、主人公のローレンスが圧倒的なリアリティをもつからだろう。映画の主人公の多くは欠点だらけでもどこか憎めない愛らしさがあったり、平凡に見えても人とは違う才能や個性があったりと、特別な存在であることが多い。だがローレンスにそのような美点は見当たらない。ローレンスが“本当に”実際にいそうな可愛い気のないキャラクターであることで、見慣れたはずの少年の成長ストーリーに強烈な生命力が宿り、観る者は彼にどうしようもなく魅きつけられる。人のことは平気で傷つけるくせに人一倍繊細なところなど実にリアルで、まさに『ゴースト・ワールド』のヒロイン、イーニドに匹敵する、可愛くないのに愛おしい主人公だ。

大学で映画を学びたいと考え、習作はしているものの、この時点のローレンスからは才能の片鱗もうかがえない。ルックスもパッとせず、空気も読めず、傲慢で他人に辛辣。自分だって何者でもないただの高校生なのに、店長のアラナだけでなく唯一仲良くしてくれるマットのことまで見下しており、「今の自分は本当の自分じゃない」「大学にいったら別の自分になれる」と信じている。だがその一方で、自分になにもないことは自覚しており、将来に不安を抱いてもいる。

ローレンスそっくりのティーンは現実にたくさんいる。青くて、痛(イタ)くて、口ばっかりで、憎たらしく、そのくせ弱い。ローレンスを見ていると、かつての、あるいは今の自分を鏡で見ているような気持ちになる人もいるだろう。「これは自分だ」「かつての自分を見ているようだ」という叫びにも似た共感と痛みと感動の声が聞こえてくるようだ(もちろん筆者もそのひとりである)。本作は監督のチャンドラー・レヴァックの自伝的な要素の強い作品だが、本人とは性別を変えて少年にしたことで客観性が増し、人物造形に甘さや緩みがない点も素晴らしい。

自分を変えるために必要なことは

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また、本作の成功はローレンス役を演じたアイザイア・レティネンの起用に依るところも大きい。強烈な存在感で、ときに不気味さすら醸し出す映画オタクの少年になりきって演じている。ミュージシャンとしても活動している彼だが、尊敬する俳優としてフィリップ・シーモア・ホフマンとダニー・デビートを、好きな監督にウォン・カーウァイを挙げているところからも、演技に対する本気の姿勢と高い将来性が感じられる。今後が楽しみな逸材だ。

ローレンスを取り巻く女性たちが彼に与える影響も、本作の見逃せないポイントだ。夫を亡くしてシングルマザーとなり、そのことでいっそう不安定になった気難しい息子に愛情を注ぎ続ける母テリ、ローレンスに社会のルールを教えるだけでなく、女優として活動していた頃の苦い経験を語り、映画業界の暗部を伝えるアラナ。そして、卒業記念の“思い出ビデオ”を見事に監督し、女性蔑視的だったローレンスに変化を起こさせる同級生の女生徒ローレン。自分の殻に閉じこもり、偏った価値観で生きてきたローレンスを広い世界に導くキーパーソンがすべて女性なのは興味深い。時代設定は2000年代前半だが、映画業界での性加害問題や女性に対する過小評価に対して現代的な視点でのアプローチがされており、単なるノスタルジックな作品ではない点も好ましい。

撮影は新型コロナウィルスがもっとも猛威をふるっていた時期に行われた。さまざまな困難のなか2000年代前半のレンタルビデオ店を見事に再現している。店内に並ぶビデオ作品からスタッフのユニフォーム、ローレンスが履くスニーカーなど細部への徹底したこだわりが、作品のクオリティをさらに高めている。

物語はローレンスが大学生になったところで終わる。本気で自分を変えたいと思ったローレンスの最後の姿に、監督が作品を通して伝えたかったことのすべてが表れている。こんなに何気なくて最高のエンディングに出会えることも、滅多にないだろう。新しいマスターピースの誕生だ。

<作品情報>

I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ

新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ(原題:I Like Movies)

監督・脚本:チャンドラー・レヴァック
撮影:リコ・モラン 美術:クラウディア・ダロルソ 編集:シモーネ・スミス 音楽:マレー・バートン
出演:アイザイア・レティネン、ロミーナ・ドゥーゴ 、クリスタ・ブリッジス、バーシー・ハインズ・ホワイト

2022年/カナダ/英語/99分/1.33:1/カラー

配給:イーニッドフィルム  字幕翻訳:高橋文子 後援:カナダ大使館

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公式サイト: https://enidfilms.jp/ilikemovies

公式X :https://x.com/ilikemovies1227

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