立ち退きを命じられた桃農家の夏映画の中の子ども・家族Vol.50『桃と太陽の歌』文/水谷美紀

© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI
© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

スペインの小さな村で親子3代にわたり桃農園を営む一家。ところがある日突然、地主から立ち退きを命じられてしまう。生活の基盤を奪われることへの怒りと不安は、やがて円満だった家族の関係をぎくしゃくさせ、天真爛漫だった子ども達から笑顔を奪っていく──。『映画の中の子ども・家族』Vol.50は、最大の危機に直面した一家を描いた『太陽と桃の歌』を紹介します。

大切な桃農園の返還を迫られて

© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

スペインのカタルーニャにある小さな村を舞台に、存続の危機に直面した桃農家のひと夏を描いた本作は、以前この連載でも取り上げた(※)長編デビュー作『悲しみに、こんにちは』(2017)が高い評価を得たカルラ・シモン監督の最新作だ。前作で新人賞を受賞したベルリン国際映画祭で今度は金熊賞を受賞したのを筆頭に、各映画祭で56ノミネート20受賞という快挙を成し遂げた話題作だ。

(※)映画の中の子ども・家族Vol.2 叔母がママになった少女の物語
『悲しみに、こんにちは』

3代にわたって桃農園を営むソレ家は、突然地主のピニョールから桃畑を明け渡すように迫られる。もともとその土地はスペイン内乱時に先代の地主から祖父ロヘリオが譲り受けたものだったが、正式な契約書を交わしていない口約束だったため、一家には何の権利もなかった。すっかり自分の土地だと思っていた彼らにとって、それはまさに晴天の霹靂だった。

土地を没収したあとは桃の木をすべて伐採し、跡地にソーラーパネルを設置すると話すピニョールは、一家を追い出さずに済む方法として「パネルの管理者にならないか」と持ちかける。だが、ロヘリオの息子で一家の大黒柱であるキメットはそれを聞いて激怒し、断固拒否する。手塩にかけて育てた桃の木を無残に切り倒すという計画は、彼にとっておよそ受け入れがたいものだったのだ。

だが妻のドロルスは夫とは違い、安定した管理者の仕事もまんざらではないと興味を示しはじめる。さらに要領のいい妹ナティとその夫シスコは早速ピニョールに接近し、それがキメットにばれて大げんかになってしまう。契約書をつくっておかなかった責任を感じている祖父ロヘリオは老人なりになんとかしようと一計を案ずるが、それはとても助けにならない“迷案”だった。

大人の一大事は、無邪気に暮らしていた子どもたちにも影響を及ぼしていく。高校生の息子ロジェーは家業を救う資金をつくるため畑でこっそり大麻の栽培を始め、ダンスに夢中だった長女のマリアナは繊細な心を痛めて不安定になってしまう。末娘でまだ幼いイリスは、ナティとシスコの双子の子どもと会うことを禁じられておもしろくない。子ども達の不満は少しずつ蓄積され、祭りの日についに爆発する。目の前の問題に気を取られ、子どもへの配慮を欠いていたことにようやく大人たちは気づくが、それで悩みが解決するわけでもない。それぞれが胸の内に怒りと悲しみと不安を抱えたまま、夏は過ぎ、やがて収穫も終わりを迎える。

家族それぞれの想いを描く群像劇

© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

美しい自然のなかで描かれる大家族のひと夏。だがそれは同時に、大切な桃農園との別れの夏でもある。ドキュメンタリーのように描かれる大家族の物語は素朴でほほえましく、登場人物もみな自然体でチャーミングだ。だが、本作は優しいだけのファミリーストーリーではない。突然廃業を迫られた桃農家の厳しい現実が、みずみずしい映像のなかで展開されていく。

桃の木がなければ一族の収入の道は途絶えてしまう。それ以上に、代々続けてきた桃農家の仕事に愛着も誇りもある。いきなり奈落の底に突き落とされたような事態に怒り、悲しみ、あがく一家の姿を、カルラ・シモン監督は誰かひとりの視点からではなく、群像劇のスタイルで描いていく。当たり前だった日常が少しずつ終わりに向かうなか、苦悩し模索する家族それぞれの姿を追うことで、大人が抱える苦悶や悲しみ、円満だった関係に初めて生まれる齟齬や対立、非常時のコミュニケーションの難しさ、また、不安を抱えながら互いに寄り添おうとする子ども達の心情など、一族が抱える複雑な想いが重層的に積み上がっていく。

映像の美しさとともに感受性豊かな登場人物を繊細に描くのもカルラ監督の持ち味だが、今回のキャストは全員、現地でのオーディションで選ばれた演技未経験の村人だ。撮影開始までに一緒に過ごす時間を長くとったことで、彼らは本当の家族のように打ちとけ、今回の自然な演技につながった。撮影時に生まれた「もうひとつの家族」の縁は今も続き、撮影後も互いを役名で呼び合っているという。

古い世界の終焉から未来を考える

© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

時代の変化がめざましい現在、新しい仕組みについていけない者はどんどん淘汰されていく。我々が住む日本でもにぎやかだった商店街はシャッター街と化し、書店が次々と姿を消していくなど、存在しているのが当たり前だと思っていたものがいつの間にか永遠に失われていたという現実に慄然とすることも増えている。

本作で描かれる桃農家の一家は紛れもなく、消えゆく古い世界の側に位置している。昨今、若い世代を中心にエコロジカルな農業を新たに始める人も増えているが、ビジネス的に成功している農家はまだ少ないうえに、伝統的なやり方を続けてきた大多数の農家はソレ家のような不安や存続の危機に瀕しているのが現実だ。

人の手を使ってひとつひとつ丁寧におこなう桃の収穫場面とソーラーパネルの設置場面は古い世界と未来とのわかりやすい対比だが、同時にその未来が本当に選択したい姿なのか、桃畑が失われてよい過去のものなのか、監督は観客に問うている。親子三代の家族がともに働き、暮らし、支え合う環境が、本当に失われてよいものなのかも。

<作品情報>

『太陽と桃の歌』
12月13日(金)、全国ロードショー

監督・脚本:カルラ・シモン 『悲しみに、こんにちは』
出演:ジョゼ・アバッド、ジョルディ・ プジョル・ ドルセ、アンナ・ オティン
2022年/スペイン・イタリア /カタルーニャ語/カラー/ヴィスタ/5.1ch/121分/原題:ALCARRÀS/日本語字幕:草刈かおり

後援:スペイン大使館 インスティトゥト・セルバンテス東京 配給:東京テアトル
© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI
https://taiyou-momo.com/