- 2024年12月07日
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迷える孫に祖母が語る、衝撃の少女時代映画の中の子ども・家族Vol.49『ホワイトバード はじまりのワンダー』文/水谷美紀
過ちをおかして退学処分になった少年。心を痛めた祖母は、彼のためにずっと封印してきた少女時代を語り始める。人に親切にすることが命がけだった時代、身の危険も顧みず彼女を助けてくれたのは、意外な人物だった──。『映画の中の子ども・家族』Vol.49は、大ヒット作『ワンダー 君は太陽』で主人公をいじめた少年と祖母にスポットを当てた『ホワイトバード はじまりのワンダー』を紹介します。
一夜にして追われる身となって
普通とは違う見た目で生まれた少年オギーの学校生活と家族の絆を描き、記録的なヒットとなった映画『ワンダー 君は太陽』(2020)。本作は前作でオギーをいじめた同級生ジュリアンを主人公にしたアナザーストーリーだ。前作を知らない人でも違和感なく入り込める独立した作品になっており、現代のアメリカとナチス占領下時代のフランスを行き来しながら、優しさと親切心、人を助ける勇気をもつことの大切さを力強く伝えている。
いじめをしたことで退学になり、新しい学校に通い始めた少年ジュリアン。反省の気持ちは芽生えているものの、世界的な画家で“大好きなおばあちゃん”である祖母サラに対し、一連の経験から学んだのは「人に深入りしないこと。意地悪もやさしくもしない。ただ普通に接すること」だと語る。そんな孫の言葉に胸を痛めたサラは、ずっと封印してきた自身の壮絶な過去を語り始める。
1942年のフランス。ユダヤ人の少女サラは、医師の父と大学教授の母に愛されて幸せに暮らしていた。だがフランスがナチスの占領下になると状況は一変。ユダヤ人に対する差別と弾圧は日に日に激しさを増し、ついに一斉検挙される。学校に押しかけたナチスの手からひとり逃れ、サラは校舎内に身を隠す。そんな彼女を救ってくれたのは、“トゥルトー(カニ)”と呼ばれていじめられている、足の不自由な同級生ジュリアンだった。彼は危険も顧みず脱走を手引きし、両親を巻き込んでサラを納屋に匿ってくれる。
命の危機と隣り合わせな日々のなか、教室では気づかなかったジュリアンの勇気と知性、ユーモアあふれる性格に触れたサラは、次第に心惹かれていく。一方、以前からサラに想いを寄せていたジュリアンも、多くの時間を過ごすことで愛情を深めていく。やがて1年が経った頃、連合軍がイタリアを解放したというニュースが入る。いよいよ終戦も近いと喜び、未来について約束を交わすふたりだったが……。
暗い時代こそ必要な「親切と優しさ」
ナチス占領下の少年少女を印象的に描いた作品といえば、古くはルイ・マル『さよなら、こどもたち』(1987)やロベルト・ベリーニ『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997)、近年ではタイカ・ワイティティ『ジョジョラビット』(2020)などが思い出されるが、本作もこれらの作品に引けを取らない名作である。
だが、サラが孫のジュリアンに伝えたかったのは戦争の悲惨さや、自分たちの身に降りかかった悲劇ではない。たとえ命が危険に晒されようとも、人に親切にしたり、優しく振るまえる人がいたという事実だ。サラを助けた少年ジュリアンとその両親の姿は、観客に「自分は同じことができるだろうか」と自問させるほど得難く尊いものである。余談だが、戦時中に匿われて生き延びたユダヤ人のなかには、新しく友達ができると「この人はいざという時に自分を匿ってくれるだろうか」とつい考えてしまう癖がついてしまった人もいるという。
少し前まで戦争体験を語ることは、はるか昔に起こった過去の悲劇を語ることだった。聞く側の我々は「戦争を知らない世代」といわれ、胸を痛めながらもあくまで対岸の火事として想いを馳せていた。だが現在、人々は憎しみの連鎖を断ち切れず再び戦争を起こし、終結できずにいる。本作は皮肉にも単なる昔話ではなく、リアリティのあるタイムリーな物語になってしまったが、平和を取り戻すために必要なのは武力ではなく他人を想う気持ちと勇気であることを考えさせられる。
映像美が光る初恋ストーリー
監督は『チョコレート』(2001)『ネバーランド』(2001)『007 慰めの報酬』( 2008)『プーと大人になった僕』(2022)などで知られるマーク・フォースター。チェコ共和国のプラハでおこなわれた撮影では、ユネスコ世界遺産に登録されている中世の都市クトラー・ホラでもロケをおこない、深みのあるヨーロッパ的な景観をつくりあげた。
さらにフィルムとデジタル、VFXを組み合わせた技術の結晶によって、見応えのある映像美を実現しているのも本作の大きな特徴だ。特にサラとジュリアンの空想の旅のシーンや、2人が気持ちを確かめ合う幻想的な森でのシーンは出色だ。本作は戦時下の子どもを描いた名作としてだけでなく、ローティーンの淡い初恋を美しく描いたフレッシュな(そしてショッキングな)物語としても、人々の心に残り続けるだろう。
現代のジュリアン役には前作と同じブライス・ガイザーを起用。もうひとりの主役である少女時代のサラにはデビュー2作品目のアリエラ・グレイザーを抜擢。みずみずしい存在感が新人時代のアン・ハサウェイを彷彿とさせる注目の若手俳優だ。そんなサラを救う同級生のジュリアン役にはオーランド・シュワート。学校ではいじめられているが、実は勇気も知性も明るさもある少年を好演している。そんなジュリアンの母ヴィヴィアン役には人気TVシリーズ『X-ファイル』(1993-2002、2016-2018)のスカリー捜査官役で知られるジリアン・アンダーソン。なんの相談もなく息子が連れてきたサラを黙って受け容れ、娘同然に慈しむ女性を存在感強く演じている。
現代のサラ役には英国を代表する俳優ヘレン・ミレン。『黄金のアデーレ 名画の帰還』(2015)でナチスに絵画を奪われた実在のユダヤ人女性役を演じ、世界ユダヤ人会議で特別名誉賞を受賞した彼女が、本作ではユダヤ人の世界的な画家役で出演。成功者らしい華やかな表情の中にふと浮かぶ過去への哀惜や、ふたりのジュリアンへの深い愛情をきめ細やかに演じている。
<作品情報>
『ホワイトバード はじまりのワンダー』
12 月 6 日(金)TOHO シネマズ シャンテ他全国ロードショー公開
© 2024 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC. All Rights Reserved.
配給:キノフィルムズ
監督:マーク・フォースター 『ネバーランド』『オットーという男』
脚本:マーク・ボムバック、R.J.パラシオ 出演:アリエラ・グレイザー、オーランド・シュワート、ブライス・ガイザー、ジリアン・アンダーソン、ヘレン・ミレン
2024 年|アメリカ|英語・仏語|121 分|カラー|スコープ|5.1ch|原題:White Bird|字幕翻訳:稲田嵯裕里|映倫 区分:G
公式サイト:https://whitebird-movie.jp
公式X:@whitebird_movie