洗脳された母を、息子は救えるか映画の中の子ども・家族Vol.48『西湖畔(せいこはん)に生きる』文／水谷美紀

マルチ商法と出会った母

©Hangzhou Enlightenment Films

デビュー作『春江水暖〜しゅんこうすいだん』 (2019)で世界から注目されたグー・シャオガン監督。山水画の世界を映画で表現した「山水映画」の第二巻となる本作は、餓鬼道に堕ちた母親を息子が救ったという仏教故事「目連救母」の現代版ともいえるオリジナル・ストーリーだ。

最高峰の中国茶・龍井茶の産地である中国・杭州の西湖畔(せいこはん)で暮らすタイホア（苔花）と息子のムーリエン(目蓮)。父親は10年前に家を出て行ったきり行方がわからず、タイホアは茶摘みの仕事で生計を立て、女手一つでムーリエンを大学まで行かせた。あとは最愛の息子が花嫁を迎えることだけが願いだが、高額な結納金を準備してあげたくても、今の暮らしでは難しい。

さらに人間関係のトラブルで茶畑を追い出され、タイホアは職を失ってしまう。そのタイミングで一緒にやめた同郷の友人からセミナーに誘われ、バタフライ社という怪しげな会社と出会ってしまう。表向きは足裏シートを販売している会社だったが、実は典型的なマルチ商法だ。だが、タイホアは気づかない。息子のために大金が欲しい。良いことのなかった人生を一発逆転させ、自分をバカにした奴らを見返したい。あっという間に洗脳され、違法ビジネスにのめり込んでいく。

事実を知ったムーリエンは驚き、なんとか母をやめさせようとするが、一向に効き目はない。詐欺行為である証拠をつかむためにムーリエンは一大決心をし、危険な賭けに出る。

神話的な魅力をもつ「孝行物語」

家族が危険な宗教やマルチ商法にのめり込み、家庭生活を破壊された人の多くは「自分の家族に限って、そんなことは起こらない」と信じていた人々だ。誰にとっても他人事ではなく、本作も監督自身の身に起こった実体験に基づいているという。

タイホアの異変にムーリエンが気づいた時には、すでに手遅れの状態だった。完全に洗脳されているため会話はまるで成立せず、なんと実家まで手放していた。だが、そんな母に対しムーリエンは憎しみを向けたり見放したりすることはなく、マルチ商売の地獄から母をなんとか救出しようと全力の愛をもって奔走する。

そんな純真無垢な孝行息子ムーリエンを演じるのは、ドラマや映画で大人気のウー・レイ（『長歌行』）。一途で献身的なだけでなく『草木人間』という原題にも表れているように、自然と調和する清らかで透明感のある存在感を放っている。

タイホア役には、本作でアジア・フィルム・アワードの最優秀主演女優賞に輝いた実力派女優ジアン・チンチン(『清越坊の女たち〜当家主母〜』） 。洗脳によって抑圧されてきた自己が解放され、ヴィランのように輝く“堕ちた母の狂気”が印象的だ。

『花様年華』の梅林茂に音楽を依頼

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グー・シャオガン監督独自のジャンルである『山水映画』の映像美は、前作同様今作も十分に観るものを惹きつける。しかも前作を踏襲することなく、新たなチャレンジを行なっている点にも注目だ。前作は河が横に流れる美しさが、さながら絵巻物のようだったが、本作は山上の茶畑から都会へと落下する縦の流れが、まるで一幅の掛け軸のようである。後半、正気を失った母を背負って山に入ったムーリエンが遭遇する幻想的なシーンには驚かされるが、解釈は観る側に委ねられており、神話的な余韻も新鮮だ。

本作のもう一つの大きな魅力は、梅林茂による音楽だろう。夏目漱石の小説を映画化した森田芳光監督の名作『それから』（85）やウォン・カーウァイ監督の傑作『花様年華』（00）、トム・フォードの美意識が光る初監督作品『シングルマン』（09）など、時を経ても色褪せない数々の名作映画で印象的なスコアを提供してきた梅林は海外でも評価が高く、監督にもファンが多い。今回の起用もグー・シャオガン監督たっての希望だったというが、両者の美意識が共鳴し合った見事なコラボレーションに結実している。

＜作品情報＞
『西湖畔(せいこはん)に生きる』＜中国公開版・新字幕＞

2024年9月27日（金）より
新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

原題：草木人間｜英語題：Dwelling by the West Lake｜2023年｜中国映画｜118分

監督：グー・シャオガン［顧暁剛］｜撮影監督：グオ・ダーミン［郭達明］｜音楽：梅林茂｜出演：ウー・レイ［呉磊］、ジアン・チンチン［蒋勤勤］、チェン・ジエンビン［陳建斌］、ワン・ジアジア［王佳佳］　配給：ムヴィオラ、面白映画　一般G
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