- 2024年09月19日
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きこえない母ときこえる息子の関係映画の中の子ども・家族Vol.47「ぼくが生きてる、ふたつの世界』文/水谷美紀
ろう者の両親から愛されて育った主人公。だが自分の家族が他と違うことに気づいた彼は、人前で母親と手話をすることを嫌がるようになり──。『映画の中の子ども・家族』Vol.47は、国内外で高い評価を得ている呉美保監督の待望の新作『ぼくが生きてる、ふたつの世界」を紹介します。
ろう者の親と暮らす息子の葛藤
『そこのみにて光輝く』(14)や『きみはいい子』(15)など、小さな繋がりや家族のなかに芽生える希望を描き、国内外で高い評価を得ている呉美保(お・みぽ)監督。長編としては9年ぶりとなる待望の新作は、五十嵐大の自伝エッセイを原作にした家族の物語だ。きこえない両親のもとに生まれ、自身はきこえる子であるひとりのコーダ*を主人公に、家族のつながりや愛情、そして葛藤のなかでもがく青年の成長を描いている。
*コーダ(CODA)……Children of Deaf Adult /きこえない、またはきこえにくい親を持つ聴者の子供のこと
舞台は宮城県にある小さな漁港の町。ここで暮らす五十嵐大の両親はともに耳がきこえない。船の塗装で生計を立てている温厚な父親と、明るく優しい母親、きこえる祖父母から愛情をたっぷり注がれて育った大は、両親とは手話でコミュニケーションをとり、外では通訳係となって、きこえない世界ときこえる世界を行き来している。
だが、自分の家庭がほかの家庭と違うことに気づき始めた頃から、大の両親に対する一途な想いは揺らぎ始める。母親が人前で手話をすることに羞恥心を覚えるようになり、思春期になると強い言葉で傷つけるようになっていく。やがて「ろう者の子」として好奇や同情の目で見られることに苛立ちと閉塞感を募らせた大は、自分の家庭環境を知る人のいない場所を求めて上京する。
目的の見出せない日々に挫折し一度は帰郷したものの、父親に背中を押されて東京に戻った大は、ろう者を女性を助けたことをきっかけに、嫌がっていたきこえない世界との繋がりを今度は自ら持つようになる。数年後、フリーライターとして自分の人生を歩き始めた大に、故郷から一本の電話が入る──。
大好きな親を傷つけていた時代
2021年に公開され、大ヒットを記録した映画『Coda コーダ あいのうた』(監督:シアン・へダー)。この作品によって、“コーダ”という呼び名と彼らの実情は少しずつ知られるようになった。本作はそんなコーダのひとりである大の成長と家族の関係を、大の誕生時から追っていく。だがそこに映し出されたのは驚くほど普遍的な親子の姿だ。
幼い頃はひたすら「好き」でしかなかった親の存在が、成長するに従って疎ましくなっていく。反抗期になると親を否定し、心ない言葉で悲しませてしまう。そんな大と、息子の変化に戸惑う両親を見て、かつての(あるいは現在の)自分を重ねる人は少なくないはずだ。きこえない世界で生きていても、きこえる世界で生きていても、観客はみるみる彼らに親近感を抱き、五十嵐家を好きになっていくだろう。
もちろん本作はきこえない側の不自由や苦しみを、きこえる側に伝える側面ももっている。本作を観ると、偏見や差別の多くが相手を知らないから起こっていることに気づかされる。大の同級生が初めて大の母親に接し「変だ」と言うのも、喫茶店で大と母親が奇異な目で見られるのも、きこえる側ときこえない側の接点が少ないことに起因している。
また、サポートが必要な相手に対し、助ける側が一方的にならないことの大切さも本作は伝えている。飲食店でろう者の友人たちに代わって注文してあげた大に対し、友人が放った意外な言葉は象徴的だ。
苦しむ主人公を吉沢亮が好演
そんな五十嵐大役に呉監督がオファーしたのは、大河ドラマ『晴天を衝け』(21)や映画『キングダム』シリーズ(19,22,23,24)などの話題作に出演し、人気・実力ともに若手のトップを走る俳優、吉沢亮。以前から呉監督に注目していた吉沢は快諾し、一から訓練した手話を自然に操り、葛藤の少年期から鬱屈した青年期を経て大人になる大を見事に演じている。学生服姿の受験生、やさぐれたフリーター、パチンコ店の店員、仕事に邁進するライターと、その時々の精神状態まで表現した七変化ぶりも見所だ。
また、煮詰まった大の心をほぐす父・陽介役の今井彰人、常に愛を注ぎ続ける母・明子役の忍足亜希子の好演なくして、本作の成功はなかっただろう。彼らをはじめ、ろう者の役には実際にろう者の俳優を起用しており、ろう・手話演出とコーダ監修を取り入れたことで作品に圧倒的なリアリティが生まれている。他に、粗野だが家族を愛する祖父役にでんでん、宗教にのめり込む祖母役に烏丸せつこ、大が世話になる編集プロダクションの社長・河合役にユースケ・サンタマリアと、絶妙なはまり役のベテランが脇を固めている。
地方に暮らすろう者の両親と息子を描いた本作は誠実で見応えのある良作だが、派手な作品に混じるとどうしても埋もれてしまいかねない。だが、理解されづらい病気を抱えた若者ふたりを描いた三宅唱監督の名作『夜明けのすべて』(22)がヒットした好例もある。内容の素晴らしさに加え、松村北斗(SixTONE)と上白石萌音の起用が功を奏し、地味な作品にも関わらず多くの人が足を運んだことは記憶に新しい。本作も同様に、吉沢亮をきっかけにして普段はろう者と接点のない人々にも本作が届き、きこえない世界ときこえる世界の距離が縮まることを願ってやまない。
<作品情報>
ぼくが生きてる、ふたつの世界
9月20日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督:呉美保 『そこのみにて光輝く』(14)、『きみはいい子』(15)等
脚本:港岳彦 『ゴールド・ボーイ』(24)、『正欲』、『アナログ』(23)等
主演:吉沢亮 『キングダム』シリーズ、『東京リベンジャーズ』シリーズ等
出演:忍足亜希子 今井彰人 ユースケ・サンタマリア 烏丸せつこ でんでん
原作:五十嵐大「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」(幻冬舎刊)
企画・プロデュース:山国秀幸 『オレンジ・ランプ』(23)、『ケアニン』シリーズ等
手話監修協力:全日本ろうあ連盟
製作:「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会(ワンダーラボラトリー/博報堂DYミュージック&ピクチャーズ/ギャガ/JR西日本コミュニケーションズ/アイ・ピー・アイ/アミューズ/河北新報社/東日本放送/シネマとうほく)
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
配給:ギャガ
公式HP:https://gaga.ne.jp/FutatsunoSekai/
公式X: @FutatsunoSekai_