家族と過ごせない3人のクリスマス映画の中の子ども・家族Vol.46『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』文/水谷美紀

Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.
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アメリカの名門、バートン校。普段は寄宿舎で暮らしている生徒たちも、クリスマス休暇は家族のもとに帰っていく。残ったのは嫌われ者の教師と反抗的な生徒、そして息子を亡くしたばかりの料理長の3人だけ──。『映画の中の子ども・家族』Vol.46は孤独な人々のふれ合いを描いた話題作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』を紹介します。

家族と縁の薄い居残り組の人々

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『サイドウェイ』(04)と『ファミリー・ツリー』(11)で二度のアカデミー賞 ©脚本賞に輝いた名匠アレクサンダー・ペイン監督。日常から生まれる人間ドラマを巧みに繊細に、そして時にコミカルに描く監督の最新作は『サイドウェイ』で主役をつとめたポール・ジアマッティと再びコンビを組んだ、心に沁みるヒューマンドラマだ。「新たなホリティ・クラシックスの誕生」(Entertainment WEEKLY)と称されるなど新作ながらすでに長く愛されるであろう名作として高い評価を得ており、全米で数々の賞を受賞している。

舞台は1970年のボストン郊外。全寮制の名門バートン校で働くハナムは、先生にも生徒にも嫌われている古代史の非常勤講師だ。斜視と体臭のことで陰口を叩かれている彼は頑固で融通のきかない性格も災いし、孤独な日々を送っている。クリスマス休暇も同僚に利用され、学校に残る生徒を監督する居残り役を押し付けられてしまった。だが、もともと一緒に過ごす家族も友人もいない身なので、突然の依頼を淡々と受け入れる。

ほとんどの生徒が家族の待つ故郷に戻るなか、わずかに残った生徒のなかに日頃から反抗的な態度が目立つアンガスがいた。再婚したばかりの母親に離島でのバカンスを反故(ほご)にされて怒り狂うアンガスは、残った生徒全員が参加することになったスキー旅行にも行くことができず、長いクリスマス休暇をハナムと二人で過ごすことになる。

不器用な人々に起こる小さな変化

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学校にはもう一人、居残った者がいた。卒業生でもある息子カーティスをベトナム戦争で亡くしたばかりの料理長メアリーだ。思いもよらない3人でのクリスマス休暇は不協和音たっぷりに始まったものの、日を追うごとに少しずつ和やかなものになっていく。アンガスのたっての願いを聞き入れ、車でボストンまで出かける3人。それぞれが抱える孤独や秘密を共有していく彼らの間には、もうひとつの家族のような絆が芽生え始めるのだが──。

アレクサンダー・ペイン監督の持ち味は、主人公が際立って魅力的な人物ではないことだ。前述した2作品や、ジャック・ニコルソンが定年退職した男を好演した『アバウト・シュミット』(02)など、多くの作品はカッコいいヒーローとはほど遠い中高年の男性が登場する。本作の主人公ハナムも同様で、浅い付き合いでは長所や魅力を見つけるのが難しいような人物だ。誰の記憶にも一人か二人いる「退屈な授業をする冴えなくて嫌いな教師」がまさにハナムだ。だが、そんな彼にも美点はあり、多くの人と同様に孤独や挫折を抱えている。

ただの憎たらしい問題児に思えたアンガスも、実は心の内に母親に見捨てられた怒りと、かつてのようでなくなった実父に対する悲しみが巣食っている。最愛の息子を失ったメアリーも普段は超然としているが、平静を保って生きるには受けた傷があまりにも深い。クリスマスは家族で過ごすのが当たり前の欧米人にとって、クリスマス休暇にひとりぼっちでいることがどれほど精神的にこたえるかは、日本人が想像する以上だろう。だからこそ、3人は少しずつ肩を寄せ合っていく。

肉親じゃなくても、支え合える

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本作には破天荒で人気者の教師も出てこなければ、不良だけど憎めない愛されキャラの生徒も、どんな時でもどっしり構えるビッグ・ママも出てこない。みんな欠点だらけで愛嬌のない、不器用な人間ばかりだ。そんな3人が偶然によって交流し、ケミストリーが生まれる。“ペイン・マジック”ともいえる見事な日常の奇蹟を、心ゆくまで味わってもらいたい。

母校で冴えない非常勤講師として働くハナム役を演じたのは、名脇役として数々の作品に出演するほか主演もこなす名優ポール・ジアマッティ。本作は“キャリア最高の演技”との呼び声も高く、ゴールデングローブ賞では主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞している。

料理長メアリーにはトニー賞など数々の受賞歴があり、多くのテレビシリーズでキャリアを磨いたダヴァイン・ジョイ・ランドルフ。息子を失った母親の悲しみを見事に体現した演技で本年度のアカデミー賞©助演女優賞受賞をはじめ全米の映画賞を総なめにしている。アンガス役には新人のドミニク・セッサを起用。ほとんど演技経験がなかったとは思えぬ繊細さと大胆さの共存する表現力で、ベテラン二人と堂々と渡り合っている。

古いユニバーサル・ピクチャーズのロゴからスタートする本作は、1970年代の世界を再現した映像も大きな魅力だ。監督は撮影前、当時を知らない若いスタッフやドミニク・セッサのために『卒業』(67)や『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』(71)『さらば冬のかもめ』(73)など70年代の映画上映会をおこなったという。どれも色褪せない名画ばかりだが、本作もこれらに続くウェルメイドな作品として愛され続けるだろう。

〈作品情報〉
大ヒット上映中!
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

監督:アレクサンダー・ペイン
脚本:デヴィッド・ヘミングソン
出演:ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ
133分/1.66:1/2023/アメリカ 日本語字幕:松浦美奈
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
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公式サイトhttps://www.holdovers.jp