漫画家を目指す少女ふたりの運命映画の中の子ども・家族Vol.45『ルックバック』文/水谷美紀

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会
© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

漫画がうまいとクラスで絶賛されている藤野と、不登校で家に引きこもっている京本。漫画を通して出会ったふたりの少女は共作を始め、漫画家を目指すが──。『映画の中の子ども・家族』Vol.44は『チェンソーマン』で知られる藤本タツキの名作漫画をアニメ化した『ルックバック』を紹介します。

藤本タツキの人気漫画を映画化

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

『ファイアパンチ』『チェンソーマン』などで知られる藤本タツキによる同名漫画を、名アニメーター押山清高が映画化。少女ふたりの友情とクリエイターとしての決意、そして彼女たちを待ち受ける“ある事件”を描いた本作は『少年ジャンプ+』に掲載された直後から大きな反響を呼び、コミックスは『このマンガがすごい! 2022』(宝島社ムック)のオトコ編1位に選出されている。

主人公は東北の田舎町で暮らす小学4年生の藤野。学年新聞に連載している4コマ漫画を「うまい」「漫画家になれる」と絶賛され、まんざらでもない。そんな藤野は担任から連載のコマをひと枠、不登校の京本に譲ってあげてくれと頼まれる。

学校に来れない子に漫画が描けるのかと京本を見下していた藤野だったが、できあがってきた絵を見て自分より高い画力に打ちのめされる。その後ふたりは友達になり、中学に入ってからは共同ペンネームで一緒に漫画を描き始める。

だが高校を卒業したら京本と一緒に上京し、プロの漫画家を目指す気でいた藤野に対し、京本は美大への進学を希望する。ふたりの進む道はここで別れ、藤野は単身上京して漫画家に、京本は地元に近い美大で学生になる。

別々の場所で、それでもふたりは描き続けた。ところがある日、衝撃的な事件が起こる。

河合優実、吉田美月喜を起用

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

漫画がうまくクラスでも人気者の藤野と、画力はあるが内気で不登校の京本。正反対のふたりが漫画を通して出会い、一緒に漫画家を目指す。

井の中の蛙だった藤野は京本と出会ったことで世界の広さを知り、描くことに真剣に向き合うようになる。一方、家から出られなかった京本も藤野のおかげで外の世界に踏み出す勇気を得る。子ども時代に遭遇する特別な友達との特別な時間を藤本タツキはリアリティをもって描き、映画はその世界観を大切に保ちつつ、押山清高監督が繊細に、そして躍動的に映像化している。

友達関係の絶妙なバランスを巧みに描いている点も見所だ。おとなしい京本を勝気な藤野が常にリードしている関係は、一見すると京本が藤野に頼っているように見えるが、相手の存在を心から恃(たの)みにしているのはむしろ藤野のほうだ。自分の道を行くと宣言した京本に対し、裏切られたような気持ちになった藤野が激しくなじるシーンはいじらしい。

藤野と京本を演じる声優には、フレッシュな女優ふたりを抜擢。強気でいてひたむきな藤野役にドラマ『不適切にもほどがある!』(24)や『あんのこと』(24/監督:入江悠)などに出演し、演技力と存在感が高く評価されている河合優実。藤野を慕う純朴な京本役に『熱い胸さわぎ』(23/監督:まつむらしんご)や『カムイのうた』(24/監督:菅原浩志)で主演を務めるなど、こちらも目覚ましい活躍に注目が集まっている吉田美月喜。脚本・監督・キャラクターデザインは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(09/)『借りぐらしのアリエッティ』(10)『風立ちぬ』13)など数々の名作に携わり、藤本からの信頼も厚い押山清高が務めている。

友情と、「描き続けること」

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

本作はふたりの少女の友情とともに、「描き続けること」も重要なテーマになっている。

小さい頃から漫画を描き、漫画家となった今もさらに描き続ける日々を送っていた藤野だったが、理不尽で耐えがたい事件に遭遇したことで、描くことの意味を見失ってしまう。

「もし自分が京本と出会わなかったら」「京本を部屋から出さなかったら」と自分を責める藤野の苦悩は、子供の頃に京本と出会わなかったもうひとつの世界となって現れる。それはシャロン・テート殺人事件が起きた一日をパラレルワールド的に描いた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19/監督:クウェンティン・タランティーノ)の影響を感じさせる、悲劇の起こらない世界だ。

「描いて何になる」と自問する藤野が出した答えは、本作を「自分の中で消化しきれなかったものを、無理やり消化する為にできた作品」だという藤本が自身に出した答えでもある。それは同時に、漫画家やアニメーターをはじめとしたクリエイターやアーティスト、それ以外にも何かを必死でやり続けている人や、やり続けることに悩み、立ち止まってしまった人への強いメッセージにもなるだろう。

〈作品情報〉
ルックバック
6月28日(金)全国ロードショー

原作:藤本タツキ「ルックバック」(集英社ジャンプコミックス刊) 監督・脚本・キャラクターデザイン:押山清高 出演:河合優実、吉田美月喜 アニメーション制作:スタジオドリアン
公式サイト:lookback-anime.com
公式 X:@lookback_anime