- 2024年06月16日
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冷酷な成功者と出会った少年映画の中の子ども・家族 Vol.44『オールド・フォックス 11歳の選択』 文/水谷美紀
心優しい父親とふたりで質素に暮らす少年。だが他人に同情しないことで成功した家主と出会い、少しずつ影響を受けていく──。『映画の中の子ども・家族』Vol.44は、1990年代前後の台湾を舞台にした父子の物語『オールド・フォックス 11歳の選択』を紹介します。
侯孝賢、最後のプロデュース作品
台湾を代表する監督として世界中にファンをもつ侯孝賢(ホウ・シャオシェン)。2023年に惜しまれつつ引退した彼が最後にプロデュースした本作は、かつて侯監督の助監督をつとめたこともあるシャオ・ヤーチュエン監督による父子の物語。台北金馬映画祭では4冠を達成しており、侯監督が次世代を託した監督として確かな地位を確立した。
舞台はバブル景気で盛り上がる1989年の台湾。11歳の少年リャオジエは、台北郊外のレストランで給仕長として働く父とふたりで暮らしている。亡き母の夢だった理髪店を持つため節約につとめる生活はバブルとはほど遠いものだったが、父タイライの愛情を一身に受け、リャオジエは幸せだった。
そんなある日、リャオジエは“オールド・フォックス”(腹黒い狐)と呼ばれる家主のシャ社長と親しくなる。他人を思いやる父親とまるで違う冷酷な人生観をもつシャ社長の助言に当初はショックを受けていたリャオジエだったが、シャ社長のアイデアでいじめられっ子を見返した経験から、少しずつ影響されていく。
同じ頃、不動産価格の高騰によってタイライは家を買うことが難しくなったことに気づく。父から説明を受けたリャオジエは怒り、ますますシャ社長の生き方に傾倒していく。そんなとき、台湾全土を揺るがす経済犯罪事件が勃発する。
台湾社会を揺るがした『鴻源事件』
善人だが裕福ではない父親と、冷酷に生きて富を得た成功者。父から教わった価値観しか知らなかった少年が社会を知り、他人を知り、そして自分自身を知っていく。ひとりの少年の成長物語である本作は、リャオジエを中心に据えつつ、関わる大人それぞれのドラマも見事に絡ませ、味わい深い物語に仕上がっている。特に父タイライとミステリアスな人妻とのサブストーリーは、シーンは少ないものの、これだけで一本の作品がつくれるほどの密度だ。
台湾映画の魅力ともいえる、市井の人々の活気と人情味が随所に描かれている点も本作の見所だ。シャ社長の部下で、なにかと父子の世話を焼く“美人のお姉さん”リン、父の職場で宿題をするリャオジエを可愛がる女性スタッフ、同じアパートの1階で麺店を営むリー夫婦や自転車屋の店主など、変わりゆく時代の台湾で懸命に生きた人々に対する監督の視線は温かい。
株価の高騰で有頂天になったリー夫婦が巻き込まれるのが、当時の台湾で実際に起こった『鴻源事件』である。高金利をうたって資金を不正に集めていた投資会社が突如倒産し、16万人の債権者と900億台湾ドルもの負債をもたらした台湾史上最大といわれる詐欺事件だ。この事件はリャオジエとタイライ父子の将来にも少なからぬ影響を及ぼし、リャオジエは父親とシャ社長のどちらの生き方を学ぶべきか、考えることになる。
思いやり深い父と、正反対の“腹黒い狐”
急激な経済発展を迎えた90年代初頭の台湾には、それまでいなかった富裕層が出現し、人々の生活も価値観も大きく変化した。ちょうど侯孝賢が台湾ニューシネマの旗手として脚光を浴びたのもこの時期に当たる。
シャオ監督はこの作品で何よりも「思いやりの大切さ」を伝えたかったという。民主化政策によって急激に豊かになった当時の台湾で、他人を顧みず成功したシャ社長と、心優しき父親のはざまで揺れるリャオジエの葛藤は、格差が拡大し、自己責任論が蔓延する現代の日本人が抱える葛藤にも通じている。家が欲しかったリャオジエのその後をぜひスクリーンで見届けてもらいたい。
主人公のリャオジエ役には『Mr.long』(2017/監督:SABU)でスクリーン・デビューし、ドラマ、映画と幅広く活躍している日台ミックスのバイ・ルンイン。“天才子役”“神童”と呼ばれている高い集中力と演技力を本作でも発揮している。
バイ・ルンインとのW主演となる父親タイライ役を好演しているのは、日本でもスマッシュヒットを記録した『1秒先の彼女』(2020/監督:チェン・ユーシュン)のリウ・グァンティン。本作のキーパーソンとなるシャ社長役を演じたのはベテランのアキオ・チェン。“美人のお姉さん”リン役には『怪怪怪怪物!』(2017/監督:ギデンズ・コー)のユージェニー・リウ。
タイライの初恋相手で孤独と憂いを秘めた人妻役には門脇麦。イメージに合う女優が見つからずにいたシャオ監督が、たまたま観た『浅草キッド』(2021/監督:劇団ひとり)に出演していた門脇を観て是非にとオファーしたという。台湾人の役を演じるに当たって台湾語を猛特訓して本番に臨んだというが、監督の期待に応えて引力のある演技を見せている。
〈作品情報〉
6月14日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開
『オールド・フォックス 11歳の選択』
出演:バイ・ルンイン、リウ・グァンティン、アキオ・チェン、ユージェニー・リウ、門脇麦
監督:シャオ・ヤーチュエン
脚本:シャオ・ヤーチュエン チャン・イーウェン
音楽:クリス・ホウ
サウンドデザイン:ドウ・ドウチ ジャン・イーチェン
撮影:リン・ジェチアン
美術:ワン・チーチェン
原題:老狐狸/英題:Old Fox/2023年/台湾・日本/112分/シネマスコープ/カラー/デジタル/字幕翻訳:小坂史子
配給:東映ビデオ
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