死んだ両親と再会する孤独な脚本家映画の中の子ども・家族 Vol.42『異人たち』 文/水谷美紀

Ⓒ2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
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12歳で両親を亡くし、孤独に暮らす40代の脚本家。あるとき帰省した彼は、生まれ育った家で30年前の両親と再会する。失われた少年時代をやり直す不思議な時間は、幸福で甘美なものだったが──。『映画の中の子ども・家族』Vol.42は、山田太一の小説を映画化した話題作『異人たち』を紹介します。

山田太一の長編小説を
アンドリュー・ヘイが映画化

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数々の名作ドラマを生み出し、2023年に亡くなった脚本家、山田太一の小説『異人たちとの夏』(第一回山本周五郎賞受賞)を映画化した本作は、孤独に生きる者の寂寥や家族との間に感じる壁、愛への渇望にフォーカスを当てた意欲作だ。監督は一夜限りの相手として出会った青年ふたりの恋愛ストーリー『ウィークエンド』や老夫婦の愛情のゆらぎを描いた『さざなみ』、愛馬と旅する孤独な少年のロードムービー『荒野にて』などで高い評価を得ているイギリス人監督アンドリュー・ヘイ。

日本国内でも1988年に市川森一の脚本、大林宣彦の監督によって映画化されており、主人公を演じた風間杜夫はもとより、東京の下町に暮らす両親役の片岡鶴太郎、秋吉久美子の好演もあって大ヒットを記録した。本作はホラー要素の強かった大林版とは異なり、これまでヘイ監督が描き続けてきた作品と同じく、生きづらさを抱えて暮らす人々の繊細な心情や、他者との不器用な関わり、それゆえに切実な愛情を丹念に描いている。

舞台を東京から現代のイギリスに移し、主人公を同性愛者にするなど設定を大幅に変更。両親に対する主人公の感情も屈託のない思慕だけでなく葛藤を抱えている点が新しく、ヘイ監督特有のきめ細やかな情感で終始包まれている。

クイアである主人公と青年の
世代ギャップも描く

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本作は家族を失った人なら誰もが願う「もう一度会えたら」という想いを叶えた最高のファンタジーであるとともに、同性愛者であることを告げないまま両親に死なれた主人公アダムが、数十年を経てカミングアウトを試み、わだかまりを乗り越えようとする物語でもある。

そんなアダムと運命的に出会うのが、同じマンションに暮らすミステリアスな青年ハリーだ。自分たち以外に誰も住んでいないマンションで寂しさを埋めようと出会い、やがて愛情を交わすようになるふたりだが、初対面から積極的な若いハリーを警戒し、アダムは最初、彼を拒絶してしまう。このことは後の展開への伏線になるのだが、打ちとけて特別な関係になった後も、ふたりの間には微妙なギャップが横たわる。

性的志向の呼び方ひとつをとっても「ゲイ」と呼ぶほうがしっくり来るといい、同性愛者同士の性的交渉が命がけだった時代を知るアダムと、「クィア」という呼称のほうが自然であり、親へのカミングアウトも表面的には抵抗なくできてしまうハリーの、世代による考え方やスタンスの違いが明確に描かれている点は出色だ。

また、30年前の人々である両親の同性愛者に対する価値観も、大いに注目するべき点である。特に母親の邪気のない、だが強い偏見と差別意識にもとづいた発言は決して過去のものではない。いまだに第三者はもちろん、当事者自身も古い差別意識を内在化して苦しんでいるケースは少なくない。それだけに、カミングアウトした息子に対し、最初は戸惑いながらも少しずつ変化していく両親の姿は観ていて胸が熱くなる。

かつて閉鎖的な炭鉱の町を舞台に、「男の子がバレエなんて」という声に負けずダンサーをめざす少年を描いた『リトル・ダンサー』(00)という名作映画があった。その主人公ビリーを演じたジェイミー・ベルがアダムの父親役である点も、実に心憎い。

主人公が苦しみ傷ついた時代。
映画を彩る80年代のヒットナンバー

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本作のもうひとつの魅力は、アダムの孤独な思春期と呼応する音楽だ。映画自体の設定は現代のイギリスだが、劇中に流れるヒット曲は両親の家で流れる親世代のヒット曲以外ほとんどアダムの思春期に当たる80年代のヒット曲である。

80年代に同性愛者であることを知られることは今以上にリスクが高く、当時は不治の病とされていたHIV(AIDS)のイメージから、同性愛者だというだけで激しく嫌悪・排斥される場面も多い時代だった。そのため、アダムと同じように自分の性的志向を隠した“クローゼット”として生きる道を選ぶ人も、今以上にたくさんいた。

だがその一方で、当時のイギリスのヒットチャートを賑わせていたのは、ゲイであることをカミングアウトしているアーティストや、カミングアウトしていなくても明らかに同性愛を想起させる歌を歌うアーティスト達だった。特に本作に使用されている『ALWAYS ON MY MIND』を歌ったペット・ショップ・ボーイズや、『THE POWER OF LOVE』のフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドはその筆頭で、日本でも若者の間で熱狂的な人気を博した。

改めて歌詞を見直してみると、アダムや、彼と同じように性的マイノリティであることで悩み、孤独に苛まれ、ときには罪悪感を抱えて生きていた人々の当時の心境が痛いほど伝わって来る。Blurだけは少し後に活躍したアーティストだが、劇中で使用されている『Death Of The Party』はパーティで無防備な性交渉をおこなったことで死を迎える若者について歌っている。アダムが家族にカミングアウトできずひとり傷つき悩む日々のなかで、彼らの歌に共感し、存在を支えにしていたことは想像に難くない。

“あの『異人たちとの夏』が海外で映画化される”というニュースは制作初期から日本でも大きな話題になっていた。前作のファンであればあるほど期待と不安の気持ち半々で公開を待ち望んでいただろうが、大林版とはまるで異なるが想像以上の傑作に安堵し、まったくの別物として大いに愛着を持つだろう。原作も大林版も知らない世代にとっても、孤独を抱え、愛を求めて彷徨う魂を描いた普遍的な作品として特別な一本になるはずだ。

〈作品説明〉
『異人たち』絶賛公開中
原題:ALL OF US STRANGERS
監督:アンドリュー・ヘイ『WEEKEND ウィークエンド』『さざなみ』『荒野にて』
原作:「異人たちとの夏」山田太一著(新潮文庫刊)
出演:アンドリュー・スコット、ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレア・フォイ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン (C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
映倫:R15+
北米公開:2023年12月22日

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