2024年04月16日
＿レビュー

エルヴィスに愛された少女『プリシラ』映画の中の子ども・家族　Vol.41　文／水谷美紀

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世界中の女性を虜にした不世出のスーパースター、エルヴィス・プレスリー。兵役で西ドイツにやってきた彼の心を射抜いたのは、軍人の親と孤独に暮らす14歳の少女だった──。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.40はソフィア・コッポラの最新作『プリシラ』を取り上げます。

ソフィア・コッポラが描く14歳の恋

鮮烈なデビュー作『ヴァージン・スーサイズ』（99）、アカデミー脚本賞に輝いた『ロスト・イン・トランスレーション』（03）、一大センセーションを巻き起こした『マリー・アントワネット』（06）など数々の名作を世に送り出し、そのたびに話題を集めてきた映画監督ソフィア・コッポラ。孤独や疎外感を抱える人々を繊細に緻密に描く手腕と美しくスタイリッシュな映像世界に定評のある彼女の新作は、エルヴィス・プレスリーの妻だったプリシラ・プレスリーの物語だ。ソフィアの最高傑作との声も高い本作は、甘美で切ない初恋の物語であると同時に、無垢だった少女が大人として自立していく姿を追った成長物語でもある。

幼い妻とスターだが未熟な夫

軍人の父親について西ドイツにやってきた少女プリシラは、新しい環境になじめず寂しく暮らしていた。そんな彼女があるとき兵役で赴任していた世界的な大スター、エルヴィス・プレスリーと運命的に出会う。当時プリシラは14歳、エルヴィスは24歳。本来なら単なるスターとファンとして終わるはずだったが、母親を亡くしたばかりのエルヴィスはプリシラに弱い自分をさらけ出し、孤独だったプリシラも彼に寄り添う。そうしてふたりは年の差を超えて急速に接近し、愛し合うようになる。

やがてエルヴィスと結婚し、世界中のファンに羨ましがられる存在となったプリシラ。だが現実は夢見心地でばかりはいられないものだった。自由のない日常、家に縛りつけようとする夫、スターの妻にありがちな女性問題の悩み……。さまざまな経験を積み、母となったプリシラのなかに芽生えた想いとは──。

これまで「エルヴィスの幼妻」として付属物のように扱われてきたプリシラ・プレスリーにスポットを当てた本作は、エルヴィス・プレスリーが登場する映画としてはかなり異色な作品だ。不均衡なエルヴィスとの関係に違和感を抱き、少しずつ成長していくプリシラの物語は、女性の自立という現代にも通じる普遍的なテーマを内包している。

初めて好きになった相手と結ばれ、言われるがままに住む場所を変え、見た目も変え、ひたすら従順に生きてきたプリシラが自我に目覚め、エルヴィスに「似合わない」と言われ続けてきた柄物の服で現れるシーンは象徴的だ。まだ子供といっていい年齢だったプリシラに対するエルヴィスのグルーミング的な愛情も、彼女の成長とともに徐々にその効力を失っていく。

主体性を獲得した女性の物語

本作で描かれるエルヴィスは従来の華やかでアグレッシブなスターの顔ではなく、妻だからこそ見ることができた素顔、とくに脆く未成熟な部分が強調されている。日本の中学生に当たる年齢のプリシラに対し、すぐに性交渉を求めなかった良識的な性格や、自分の在宅時に妻が外出することを嫌う家父長制的な振る舞いも、大スターの知られざる一面として興味深い。

無垢な少女と成長した大人両方のプリシラを巧みに、そしてこの上なく魅力的に演じたのは『ザ・クラフト:レガシー』(20)で主演を務めた新星、ケイリー・スピーニー。スターに恋するティーンというと、名作『あの頃ペニー・レインと』（00）でケイト・ハドソンが演じた少女のまばゆいほどの美しさが今も伝説的に語られるが、ケイリーが演じたプリシラの愛らしさときめ細やかな演技も、後々まで記憶に残る力を放っている。

ソフィアの真骨頂である美しい映像とインテリア、ふんだんに登場するシャネルやヴァレンチノの見事なドレスなど視覚的な見所も多い作品だが、それ以上にプリシラにそっと寄り添うように追うソフィアの視線が切なくなるほど優しく、美しい。映画が教科書ではなくひとつの芸術であり、魂の震えるエンターテインメントであることを改めて思い出させてくれる。ガールズカルチャーの先駆者として今なお他の追随を許さないソフィア・コッポラが久々に放った一級のフェミニズム映画である。

4/12（金）TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

公式HP：https://gaga.ne.jp/priscilla/