怪死した母を訪ねる“最狂”の帰省旅映画の中の子ども・家族 Vol.39『ボーはおそれている』 文／水谷美紀

笑いか？ 恐怖か？「やめてくれ！」の連続

大学生グループが遭遇する恐怖の夏至祭を描いた『ミッドサマー』（2019）で一躍人気監督の仲間入りをしたアリ・アスターの新作は、当サイトでも取り上げた（※）長編デビュー作『ヘレディタリー／継承』（2018）と同様、母親の強烈な支配下で育った子の物語だ。

（※）「母というカルト、家族というホラー」
https://enlight-fostercare.com/review/758.html

主人公は極度に臆病な中年男ボー。NYで孤独なニート暮らしをしている彼は母親が怪死したことを知り、急いで故郷に駆けつけることになる──はずが、なぜか次々と悪夢のような災難に見舞われ、なかなかたどり着けない。ボーはある時は現実と妄想の世界を行ったり来たりし、時には命の危険に晒されながら、壮大で奇妙な旅をする。それは同時にボーの過去を振り返る追想の旅でもあった。

美しい映像のなかで繰り出される残虐なシーンの容赦なさはアリ・アスター監督のお家芸だが、前2作と異なりあくまでコメディ映画として作られている点が画期的だ。思わず目をそむけたくなるシーンの連続なのに、ぐんぐん引き込まれていく手腕は相変わらず見事である。監督は名匠ロマン・ポランスキーの大ファンだというが、その影響も各所に見受けられる。

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旅から浮かび上がる母子の関係

とはいえ本作は決して朗らかな作品ではない。耐え難いレベルの災難がこれでもかと押し寄せ、ボーはそれらにひたすら耐えて旅を続ける。その姿はさながら殉教者のようである。観客はボーとともに旅することで、なぜ彼が今のような臆病で受け身な人間になってしまったかを知ることになる。そこには親子の間に存在する支配と服従、子への愛情と執着、過干渉や虐待をする親が抱える負の連鎖など、家族間に生じる深刻な問題も垣間見える。

だが監督の来日時インタビューによると、ユダヤ系の家庭では母親に絶対的な力があり、強烈なキャラクターである母モナとボーの関係も、多くのユダヤ人にとっては（映画ほどではないにせよ）非常に共感する「あるある」なのだとか。監督が本作をコメディと言い切るのも、こういった背景があるからだろう。

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アニメーションを加えた見所満載の179分

主役のボーを演じたのはホアキン・フェニックス。『ジョーカー』で彼が演じたアーサーとボーの相似点（社会的弱者であること）によって観客は臆病なボーのなかにアーサーの残虐性を見出そうとし、不穏な空気の増強に成功している。絶妙なキャスティングであり、ホアキンも圧倒的な存在感でそれに応えている。

母親モナ役にはブロードウエイで数々の賞に輝くパティ・ルポーン。ほかにもボーを献身的に看病する外科医役にネイサン・レイン（『プロデューサーズ』）、その妻役にエイミー・ライアン（『バードマン あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡』）など、舞台経験の豊富なベテランで脇を固め、明るいがどこか不安を感じさせる独特の雰囲気を醸し出している。

劇中に挿入されるアニメーションの旅シーンは『オオカミの家』（2018）が大きな話題になったレオン＆コシーニャ（ホアキン・コシーニャとクリストバル・レオン）によるものだ。彼らの大ファンであるというアリ・アスター監督とチリが生んだ才人ユニットによるシュールで寓意的な世界も必見だ。

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〈作品情報〉
『ボーはおそれている』
監督・脚本:アリ・アスター 出演:ホアキン・フェニックス、ネイサン・レイン、エイミー・ライアン、パーカー・ポージー、パティ・ルポーン 配給:ハピネットファントム・スタジオ 原題:BEAU IS AFRAID
© 2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 公式 HP: https://happinet-phantom.com/beau/
公式twitter:@beau_movie #ボーはおそれている
配給:ハピネットファントム・スタジオ
|R15+|2023 年|アメリカ映画|上映時間:179 分