共感! ぶつかる母子のその先は?映画の中の子ども・家族 Vol.37『僕らの世界が交わるまで』 文/水谷美紀

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DV被害者のためのシェルターを運営する母親と、ライブ配信のフォロワーが2万人いる高校生の息子。以前は仲良しだったのに、今は互いが理解できず衝突ばかり──。『映画の中の子ども・家族』Vol.37は、思春期の子と親の間に起こる摩擦を見事に描いたチャーミングな新作映画『僕らの世界が交わるまで』を紹介します。

A24が放つ、家族「あるある」物語

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多くの映画ファンから厚い信頼を得ているA24が製作、『ソーシャル・ネットワーク』で主役を演じたジェシー・アイゼンバーグが初監督をつとめた本作は、思春期の子と親のぶつかり合う日々をユーモラスに描いた、デビュー作とは思えぬ見事な作品である。

DV被害者のためのシェルターを運営するエヴリンは、困難な状況にある人をサポートする仕事に生きがいを感じ、熱心に働いている。だがそのぶん夫のことは放置しがちで、高校生の息子ジギーとの関係も今ひとつ上手くいっていない。身近な出来事を歌にして配信しているジギーは世界中に2万人のフォロワーがいるが、社会奉仕に身を捧げているエヴリンはそんな息子の活動を薄っぺらく感じている。一方、何度注意しても大事な配信中に部屋に入ろうとし、すべてが“意識高い系”なエヴリンは、今のジギーにとって単なる「ウザい母親」に過ぎない。

そんなジギーが今、気になっている存在は、同じ高校に通う聡明な女子生徒ライラだ。ところが、政治や環境問題に強い関心をもつ彼女に好かれたいと思って話しかけるものの、硬派な話題にまったくついていけない。ネットの世界ではたくさんのフォロワーがいて、ちょっとしたインフルエンサー気取りのジギーだが、学校での影は薄く、ライラの仲間からも「くだらない」とバカにされてしまう。

平行線の母子に訪れた出会い

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恋に悩むジギーは、上澄みだけ政治的なことを学び、何とかイケてることを言おうと考えるが、たまたま相談したエヴリンに「近道(ショートカット)をするな」と諭されてしまう。そんな母親に思わずキレてしまうジギーだが、ライラを知りたい、ちゃんと関わりたいという想いから、少しずつ変化していく。

同じ頃エヴリンの前には、母親とともにシェルターに入所した高校生カイルが現れる。恵まれない環境にも関わらず真面目で母親想いのカイルはジギーとはまったく違い、まるで「こうなってほしかった息子」のような好青年だ。

カイルの存在に衝撃を受けたエヴリンは、急速に彼に近づき、せっせと世話を焼き始める。カイルが大学に進学せず修理工になろうとしていることを知ると、奨学金を得て大学に進学することを強力にすすめ、情報集めに奔走する。ところがその想いと行動はどんどん独りよがりな過干渉になっていき──。

シェルターの入所者には優しく気を配るエヴリン。自分のフォロワーには思いやりのある言葉を投げるジギー。自分の家族には背を向け、家の外に理想を見出そうとして空回りする母子と、まるで置物のような存在の父親。本作はそんな「交わっていない」家族を描くことで、家族という繋がりの厄介さや煩わしさだけでなく、ストレスフルな現代を生きる我々ひとりひとりが幸福やアイデンティティを保つために、家族や親しい人と繋がり支え合うことがいかに大切かも伝えている。

すべての世代に届けたい家族映画

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コンパクトで上質な作品をさらに輝かせたのは、才能豊かな俳優たちの存在だ。母親エヴリン役にはアカデミー賞女優のジュリアン・ムーアを起用。確かな演技力でエヴリン役に幅と人間味を与えている。息子のジギー役には『ストレンジ・シングス 未知の世界』のフィン・ウォルフハードが好演。ちょっと軽いが感受性豊かで憎めないジギー役をみずみずしく演じている。他にもジギーが想いを寄せるライラ役にはNetflixドラマ『13の理由』シリーズの新星アリーシャ・ポー、母想いのカイル役には監督・脚本家でもあるビリー・ブリック、堅物だけどどこかファニーな父親役にはジェイ・O・サンダースが出演している。

ユーモアと優しさがあり、丁寧に練られた脚本は、アイゼンバーグ自身がAmazon のオーディブル用に作ったラジオドラマが元になっている。ひとクセある作品を数多く製作しているA24だが、本作はどこにでもいそうな家族を取り上げた、ハートウォーミングな物語で勝負しており、今の時代のフレッシュな空気を閉じ込めた、幅広い世代が気負わず楽しめる普遍的な家族映画に仕上がっている。特に、母子が日々ちょっとしたことで諍うシーンはリアリティがあって愉快だ。子ども側、親側、かつて子どもだった側、どの立場から観ても、共感とともに懐かしさや羞恥、反省の気持ちがこみあげてくるだろう。

監督の盟友であるエマ・ストーンがプロデュースに参加していることも話題になっている本作は2022年サンダンス映画祭ワールドプレミア上映を経て、第75回カンヌ国際映画祭批評家週間オープニング作品に選出されている。すでに次作が待ち遠しい、才能豊かな監督の誕生だ。

〈作品情報〉
2024年1月19日(金)TOHOシネマズシャンテ他全国公開!

『僕らの世界が交わるまで』
監督・脚本:ジェシー・アイゼンバーグ
製作:エマ・ストーン、デイヴ・マッカリー、アリ・ハーティング 出演:ジュリアン・ムーア、フィン・ウォルフハード、アリーシャ・ボー、ジェイ・O・サンダース、ビリー・ブリック、エレオノール・ヘンドリックス 他 北米配給&製作:A24
提供:カルチュア・エンタテインメント 配給:カルチュア・パブリッシャーズ
2022 年/アメリカ/カラー/ビスタ/ドラマ/英語/88 分/字幕翻訳:松浦美奈/原題:When You Finish Saving The World/映倫:G

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