見合い結婚する幼馴染への想い映画の中の子ども・家族 Vol.36『きっと、それは愛じゃない』 文/水谷美紀

© 2022 STUDIOCANAL SAS. ALL RIGHTS RESERVED.
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幼馴染が見合い結婚すると知り、結婚式までの日々を撮影することになったドキュメンタリー監督。実は彼は初恋の相手で──。『映画の中の子ども・家族』Vol.36は、結婚と家族を描いた話題の新作映画『きっと、それは愛じゃない』を紹介します。

出会い系アプリ全盛の今、見合い結婚を選ぶ理由

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『ラブ・アクチュアリー』『アバウト・タイム』『ブリジット・ジョーンズの日記』の製作陣による話題の新作である。出会いや結婚に悩むすべての人に贈るウェルメイドなラブストーリーだが、結婚と家族の関係や、結婚における優先順位について考えさせられるファミリーストーリーの側面もある。

ロンドンでドキュメンタリー監督として活躍するゾーイは、幼馴染のカズからお見合い結婚をすると告げられる。ルックスも人柄も良く、優秀な医師でもあるカズは32歳。いくらでも出会いはありそうだが、パキスタン系イギリス人の彼は両親と同じように自分もお見合い結婚をし、パキスタン系の女性を生涯の伴侶にするという。

一方、ゾーイはデーティングアプリを主な出会いの場にしているが、ダメ男ばかり引き当てており婚活は難航している。運命の相手と恋に落ち、愛し合って結婚することこそが結婚だと思っている彼女にとってお見合いは前時代的なシステムであり、最初に愛ありきではない点で論外だ。そのため「結婚には愛以上に大切なものがある」「結婚してから愛を育めばいい」というカズの考えにはまったく賛同できない。

ところがある日、思わず口走ったカズの話がプロデューサーに受け、ゾーイは新作としてカズのお見合いから結婚式までの一部始終を撮影することになる。否定的な気持ちのまま、カズにカメラを向け続けるゾーイ。そうこうするうちに22歳のマイムーナとお見合いをしたカズは、彼女との結婚をあっさり決めてしまう。その時になってようやく、ゾーイはカズに対する自分の想いに気づくのだった──。

悩める等身大のヒロイン、ゾーイ役には『マンマ・ミーア!』『シンデレラ』のリリー・ジェームズ。完璧な幼馴染カズ役には『MI-5 英国機密諜報部』のシャザド・ラティフ。娘の婚活につい世話を焼いてしまうチャーミングな母親役に名優エマ・トンプソンがブロンドヘアで(!)出演。出番は多くないが、さすがの存在感で作品に華を添えている。

幼馴染が選んだのは “家族に祝福される結婚”

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ただの友人だと思っていた相手に恋人ができた、結婚すると知らされた……から始まるラブコメディは過去たくさん作られて来た。そういった作品の多くがハッピーエンドであることから、同じ系譜に連なる作品はすべて「出オチ」のリスクをはらんでいる。にもかかわらず本作が最後まで楽しめる良作に仕上がっているのは、結末を追うワクワク感だけでなく結婚に対する多様な価値観や、結婚と切り離せない家族との関係にもフォーカスしているからだろう。

全イギリス人の約10%を占めるという、パキスタン系イギリス人の結婚事情が垣間見える脚本もいい。脚本とプロデューサーを務めたジェミマ・カーンは欧州屈指の資産家であるゴールドスミス家の出身で、2022年までパキスタン首相を務めたイムラン・カーンの妻だった人物だ(離婚後の一時期ヒュー・グラントの恋人だったことでも知られている)。結婚して20代の10年間をパキスタンで過ごした彼女は、イギリス人とは異なるパキスタン人の結婚観と、イギリスに帰国してから見聞きしたイギリス人の婚活事情からヒントを得て本作を書いたという。

日本と同じく現代のイギリスでは恋愛結婚が主流で、愛が育った後に結婚と考える人がほとんどだ。それに対し、パキスタンでは今も同じ民族間でのお見合い結婚が主流で、結婚観も「最終的に愛が育てばいい」というものだという。カズはイギリス生まれだが、お見合い結婚で結ばれ、仲睦まじいパキスタン移民の両親を見て育ったため、同じ結婚観が育まれている。それはまだ若いマイムーナも同じで、「結婚とは好きな人とするものではなく、親の勧める人とするもの」という考えが植え付けられている。

ラブストーリーにとどまらない 家族と幸福を巡る物語

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お見合い結婚の魅力は条件の合った人と結婚できることだが、親ぐるみで行われる正式なお見合いの場合はそこに、互いの家が歓迎した相手であるという大きなメリットが加わる。

「結婚は個人と個人のものだから家族は関係ない」「愛する家族が選んだ人なら、誰であっても歓迎する」というのは正論だが、現実は正論通りにはいかないことも多い。世の中には最愛の家族に反対される結婚や、認めてもらえず家族と縁が切れてしまう結婚をした人はいくらでもいるし、家や家族との関係を優先して結婚を断念した人や、特定の家族のせいで離婚した人もいる。

誰しも家族や周囲に祝福される結婚をしたい。だがもし自分の愛した人が祝福されない相手だったら? お互いが幸せならそれでいい、愛する家族と2度と会えなくなっても構わないと言い切れる強い人ばかりではないだろう。本作でカズがお見合い結婚を選択する理由も、相手が親の選んだ人、つまり初めから家族に歓迎されている人だからだが、その背景には家族に望まれない結婚をして絶縁されている妹の存在がある。

本作は全編を通して明るく楽しい作風だが、要所要所に結婚と家族に関する問いかけがさりげなく埋め込まれている。婚活中の人だけでなく、結婚生活や結婚相手に疑問を感じている人、そして子供が適齢期の世代にもおすすめしたい作品だ。

<作品説明>
きっと、それは愛じゃない

監督: シェカール・カプール(『エリザベス』)
出演: リリー・ジェームズ、シャザド・ラティフ、シャバナ・アズミ、エマ・トンプソン、サジャル・アリー

2022 / イギリス / 英語・ウルドゥー語 / 109 分 / カラー / スコープ / 5.1ch / 字幕翻訳:チオキ真理 / 原題: WHAT’S LOVE GOT TO DO WITH IT? / G © 2022 STUDIOCANAL SAS. ALL RIGHTS RESERVED.
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ