憎み合う姉弟の再会映画の中の子ども・家族 Vol.34『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』文/水谷美紀

©︎ 2022 Why Not Productions - Arte France Cinéma
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女優のアリスと詩人の弟ルイ。ふたりはもうずいぶんと長い間、激しく憎み合っている。もう会うことはないと互いに思っていた二人だったが、両親の事故をきっかけに再会を余儀なくされ……。『映画の中の子ども・家族』Vol.34はフランスの人気監督アルノー・デプレシャンの最新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』を紹介します。

弟(姉)が嫌いでたまらない

©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma

90年代に彗星の如く現れ、またたく間に世界中の映画ファンを虜にし「トリュフォーの再来」と言われた監督アルノー・デプレシャン。順調にキャリアを重ねた彼の作品には若者の群像劇だけでなく『キングス&クイーン』(04)や『クリスマス・ストーリー』(08)など家族を題材にした名作も多い。そんなデプレシャンの最新作は、仲の悪い姉弟を主人公にし、家族の絆と個人の解放について描いた意欲作である。

女優として活躍しているアリスは、いつの頃からか弟ルイを激しく憎み出し、今では顔も見たくないほど忌み嫌っている。一方、不肖の弟であるルイは長い下積みの末ようやく詩人として評価され、ついに日の目を見る。ところが身内の朗報を喜べるのは良好な間柄の人々に限った話で、アリスはルイが成功したことが気に食わず、さらに彼への憎しみを募らせる。そんな姉にルイも激しく応酬したことで裁判沙汰となり、さらにある不幸な出来事によって姉弟の確執は決定的になってしまう。互いに顔も見たくないと絶縁して数年後、ふたりのもとに両親が事故に遭ったという報せが入る。

非常時でも弟(姉)には会いたくない

©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma

映画ではふたりがどうして不仲になったのか、なぜそこまで憎み合っているのか、詳しい説明はなされない。複数のほのめかしはあるものの明示はされず、しかもどれも決定的とは思えない。本作において憎しみは、あくまで前提の事実としてポンと置かれているのだ。人が人を憎む場合、多くは複合的な理由にもとづいているものだが、時間経過によって段々と具体性が消失し、アリスのようにただ弟を憎み続けるために憎むというループに陥っている場合も少なくない。

現実にも、家族を嫌っている人は多い。そのなかには大きな出来事がきっかけとなった人だけでなく、なぜと問われてももはや理由を答えられないという人も一定数いる。そういった人は虐待をされたわけでもなく、相手が常軌を逸した人間というわけでもないのに「とにかく嫌い」で「一瞬でも一緒にいたくない」のだ。本作のアリスとルイもそんな関係だ。

まるで不仲なカップルのようにも見えるアリスとルイは、近親憎悪の典型的な例のように見受けられる。同じ環境で育つと共有できる価値観や感覚が多くなり、本来は信頼や結びつき、愛着が強くなる。だがそれゆえにちょっとしたずれや違いが許せず、落胆や失望が他人に対するより大きくなるケースもある。もともと似ているため、実は自分も持っているネガティブな一面を相手に見て憎悪することもある。

アリスとルイは一見するとまるで似ていない姉弟だが、互いを忌み嫌うのは、ひょっとすると普段は隠しているもう一人の自分を互いのなかに見ているからなのかもしれない。

家族の呪縛だけでなく、自分の魂も解放する

©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma

父親に溺愛された性格のきつい姉アリスを演じるのは、マリオン・コティヤール。人間味のあるエキセントリックな女性を演じさせたら右に出る者のいない女優だが、今回も憎しみに囚われると手がつけられなくなるアリスを手加減なく演じている。外では善人然としているが、弟に対しては容赦なく、底意地の悪いことも平気で言ってのける女王のような存在感は、度を超えているようでなかなかのリアリティだ。

一方、山で隠遁生活を送っている詩人の弟ルイ役を演じるのは、現代フランス映画の至宝の一人、メルヴィル・プポー。エリック・ロメール監督の『夏物語』(96)で鮮烈な印象を残した美少年が実に良い形で年齢を重ね、決して短くない本作を最後まで引っ張っていく。そんなルイを支える妻フォニア役にはジム・ジャームッシュ監督の『パターソン』(16)で一躍その名を知られるようになったゴルシフテ・ファラハニ。彼ら以外の親族やそのパートナー、友人など周辺人物もそれぞれ丁寧に魅力的に描かれており、デプレシャン作品の醍醐味もたっぷり味わえる。

青年の人生と恋愛を描いた群像劇の名作『そして僕は恋をする』(96)と、その20年後の物語である『あの頃エッフェル塔の下で』(15)に登場する主人公ポールの少年時代にも、弟妹に囲まれた故郷での暮らしや両親との微妙な距離感など、本作に通じる家族の物語が描かれている。今回メルヴィル・プボーが演じたレオとマチュー・アマルリックの当たり役だったポールは別人だし、アリスのような姉は登場しないが、明らかに地続きの作品である。

このようにずっと恋愛を描き、家族を描いてきたアルノー・デプレシャンだが、本作ではラスト、アリスの行動を通してそこから一歩突き抜け、囚われていた自分自身の魂を解き放とうとするところが出色である(そういえば監督の第2作目のタイトルは『魂を救え!』(92)である)。その点を踏まえると、本作は監督業20年を超えた現時点までのデプレシャンの集大成であるとともに、新たな次のステージに踏み出した記念すべき一作であるともいえよう。

<作品情報>
私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター

9月15日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

監督:アルノー・デプレシャン(『そして僕は恋をする』『クリスマス・ストーリー』)|出演:マリオン・コティヤール(『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』『アネット』)、メルヴィル・プポー(『わたしはロランス』『それでも私は生きていく』)、ゴルシフテ・ファラハニ(『パターソン』、パトリック・ティムシット(『歓楽通り』)

原題:Frère et sœur|英語題:Brother and Sister |2022年|フランス|110分|シネマスコープ|5.1ch
字幕:磯尚太郎|字幕監修:松岡葉子|配給:ムヴィオラ

本作は“French Cinema Season in Japan”の一環として、ユニフランスの支援を受けて公開されます
公式HP:https://moviola.jp/brother_sister
公式Twitter:アカウントID @brothersisterjp
リンク https://twitter.com/brothersisterjp

©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma