韓国生まれ、フランス育ち。見知らぬ祖国で家族を探す映画の中の子ども・家族 Vol.32『ソウルに帰る』文/水谷美紀

©️AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022
©️AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022

物心つく前に韓国から海を渡りフランス人の養子として育った女性が、たまたま立ち寄った祖国で生みの母と父を探す。友人の協力もあって父親は意外にも簡単に見つかったが──。『映画の中の子ども・家族』Vol.32は、出自に対する葛藤を抱えながらもエネルギッシュに生きるヒロインから目が離せない話題作『ソウルに帰る』を紹介します。

言葉の通じない「もう一人の父」との再会

©️AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022

2022年カンヌ国際映画祭ある視点部門で出品されるや大きな話題を呼び、世界中の映画祭で激賞された本作は、養子縁組によってフランス人として育った女性が自身のルーツである韓国で生みの両親を探す物語だ。監督はカンボジア系フランス人のダヴィ・シュー。

フライトの都合で旅先の変更を余儀なくされ、深い理由もなく韓国にやってきた25歳のフレディ。飲み屋で知り合った韓国人の若者からは「典型的な韓国人の顔」と言われるが、生まれてすぐフランスに渡り、フランス人の養子になったため一言も韓国語は話せず、言語だけでなく考え方も完全にフランス人だ。

型破りで衝動的な性格もあってフレディの大胆な行動はソウルの若者のなかでは浮いてしまい、ときに周囲を困惑させ、傷つけもする。だからといってフランスに馴染んでいるかというとそうでもなく、アジア人にしか見えない容姿のためフランスでも違和感や疎外感を抱いて生きてきたことが伝わってくる。フランス人の養親からは惜しみなく愛情を受けて何不自由なく育ったが、アイデンティティに対する葛藤を長らく抱えているフレディは、内にマグマのような怒りやもどかしさ、孤独感を抱えている複雑な若者だ。

フランス語が堪能な韓国人女性テナの助けを借り、生みの親を探すことを決心するフレディ。昔から養子の斡旋をおこなっている機関に問い合わせたところ、意外にも両親の名前や居場所はすぐにわかり、今は別々に暮らしている父母のうち、まずは「ぜひ会いたい」と言ってきた父親とその一族と会うことにする。その一方で、なぜか母親からの返答は来ない。

生まれて初めて会う韓国人の父親は当然韓国語しか話せず、フランス語と英語しか話せないフレディとではまともに会話すらできない。韓国人独特の家族観やコミュニケーションについていけず、ついには父親を拒否してしまうフレディ。だがこのときの経験をきっかけに彼女は自身のルーツと向き合うようになり、このあとも韓国を訪れることになる。映画はそんなフレディの8年間の変化を断続的に追って行く。

国際養子縁組で海を渡った多くの韓国人

©️AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022

日本ではあまり知られていないが、朝鮮戦争の終戦以後、韓国では国際養子縁組が活発におこなわれ、これまでに約20万人もの養子が海を渡っている。現在は海外に出すよりまず国内でという法律ができたため数は減ったが、それ以前は年によっては数千人の子供が出国しており、ピーク時の1985年には8837人の養子が海外に送られた※。フランスも受け入れ国のひとつだった。※朝鮮日報の調べによる

フランスで養子になった韓国人の子の多くは裕福な養親に引き取られ、恵まれた家庭環境のなか高い教育を受けた。そのため現在さまざまな分野で活躍している人のなかにも養子である韓国系フランス人が少なからず存在する。2012年に欧州で初めて韓国系で官僚になったフルール・ペルラン元文化長官(1973年生)や、現在フランスの国家改革長官であるジャン=ヴァンサン・プラセ(1968年生)も韓国で生まれ、幼い頃にフランスに送られて養子となった韓国系フランス人だ。また、父親に捨てられた韓国人少女を描いた大ヒット映画『冬の小鳥』(2009)や、生みの親を探す女性を描いた感動作『めぐり合う日』(2015)など自伝的な作品で知られる映画監督ウニー・ルコントも、やはり養子として育った韓国系フランス人だ。

養子のなかには自分のルーツを知りたい、生みの親に会いたいと願う人もいれば、今の養親だけを親と思い、あえて自分のルーツを知ろうとしない人もいる。だが近年フランス系韓国人の養子の間では、韓国人としてのアイデンティティに向き合おうとする人が増えているという。彼らはそれまで興味を持ってこなかった韓国について調べたり、短期・長期に関わらず韓国に滞在したり、熱心に韓国語を学んだりしている。なかにはK-POPグループや韓流ドラマがきっかけとなって自身のルーツに目覚めた人も少なくない。なお韓国では2011年から国際養子縁組によって韓国籍を失った養子の二重国籍が認められている。

パク・ジミンの圧倒的な魅力!

©️AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022

本作の主人公フレディもまさに同じような若者の一人だ。当初は単なる旅行者としてソウルを訪れただけで、生まれた国に帰ってきたという感覚は希薄だ。あくまで自分はフランス人だと言い切り、韓国語も一切話せない。だがソウルで韓国人の友と過ごし、韓国語しか話せない父親と交流を持ったことで、少しずつ心境が変化する。映画はそんなフレディの約8年を描くが、時代とともに変貌するソウルの町並みや人々の姿とともに、力強く美しく成長していくフレディの姿も見どころの一つだ。

本作を大ヒットに導いたのは、フレディを演じたパク・ジミンの圧倒的な存在感であることは間違いない。本業はビジュアルアーティストであるという彼女の全身からみなぎるエネルギーと爆発的なパワーによって、映画は「養子のルーツ探し」「生みの親との邂逅」という物語にとどまらず、屈託や葛藤を抱えた若者の荒ぶる魂をダイナミックに描いた唯一無二のリアルな青春ストーリーへと見事に昇華している。また、まるで火の玉のような新人パク・ジミンに対し、父親役を演じたパク・チャヌク作品の常連オ・グァンロクの滲み出る存在感が、絶妙なバランスを生んでいる。

時に破天候で自分勝手に思えるフレディの言動も、彼女が内に抱えている「自分が何者なのかわからない」という苦しみや、「生みの親に自分は愛されていたのだろうか」と常に自問し続けた日々を思うと、また違った感情がこみ上げてくる。英語、フランス語、韓国語が飛び交うソウルのカオスな雰囲気に街の熱量をさらに増幅させる音楽の魅力も相まって、最初から最後まで疾走感が衰えない。フレディがソウルで受ける愛情も傷も悲しみも、ことさら情緒的に描かない作風は一見クールだが、それがかえって監督の高い美意識や繊細さを際立たせている。今を生きる若者と養子縁組のリアルを描いた、必見の作品だ。

©️AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022

〈作品紹介〉
ソウルに帰る(英題:Return to Seoul)

8月11日(金)より全国公開

監督・脚本:ダヴィ・シュー 撮影:トーマス・ファヴェル 編集:ドゥニア・シチョフ
出演:パク・ジミン、オ・グァンロク、キム・ソニョン、グカ・ハン、ヨアン・ジマー、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン
配給:イーニッド・フィルム

2022年/フランス、ドイツ、ベルギー、カンボジア、カタール/119分/1:1.85/カラー

字幕翻訳:橋本裕充 後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
■公式サイトenidfilms.jp/returntoseoul
■Twitter @returntoseouljp