“親友以上”の存在を失った悲しみと痛み映画の中の子ども・家族 Vol.31『CLOSE/クロース』文/水谷美紀

© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
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幼馴染みでいつも一緒のレオとレミ。あまりにも仲の良い関係について質問され、戸惑ったレオはレミを遠ざけてしまう。やがてそのことが思わぬ事態を引き起こし……。『映画の中の子ども・家族』Vol.31は、少年期の特別な友情とその喪失を描いた話題作『CLOSE/クロース』を紹介します。

大切な関係に入った亀裂

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バレリーナをめざすトランスジェンダーの少女を描いた長編デビュー作『Girl/ガールl』(18)が第71回カンヌ映画祭パルムドール賞(新人監督賞)ほか数々の映画賞に輝いたルーカス・ドン監督。4年ぶりとなる最新作は、思春期の入り口に立ったひとりの少年が人生で初めて経験する大きな喪失と後悔の物語だ。本作は第75回カンヌ国際映画祭では「観客が最も泣いた映画」(BBC.com)と称されグランプリを受賞、第95回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされるなど各国の映画賞で47受賞、104ノミネートされている。

幼い時から片時も離れず、寝るときも一緒の少年レオとレミ。まるでじゃれ合う子犬のように仲良しのふたりを互いの家族も兄弟のように愛しており、彼らの毎日は幸福で光り輝いていた。ところが中学に入学した途端、そんなふたりの関係に亀裂が入る。レオとレミのあまりに親密な姿がクラスメートの興味を引き、女子からは「付き合っているの?」と尋ねられ、やんちゃな男子からは差別的な言葉を投げつけられてしまう。

自分たちがどう見られているのかを知って危機感を抱くレオに対し、まったく意に介さないレミは変わらずレオと一緒にいようとする。だが人目を気にするレオはこれまでと同じように振る舞えず、レミと距離をとろうとする。そんなレオの突然の変化にレミは傷つき、感情を爆発させてレオにつかみかかり、騒ぎになってしまう。

関係を修復できないまま、レミのいない遠足に出かけるレオ。戻った彼に知らされたのは、レミとの突然の別れだった。

幼少期から刷り込まれるホモフォビアの圧

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冒頭、花畑を駆け抜けるレオとレミの姿は美しく、そこにはひと握りの憂いも悲しみもない。花き農家を営むレオの両親が育てた色とりどりの花は、人生の春を生きる少年期の多幸感や屈託のない心を象徴しているようだ。だが中学という大人社会の縮図のような場所に入った瞬間、彼らは思わぬ洗礼を受けることになる。

この年齢に多いとされる、同性との友情を超えた強い感情や結びつき。レオとレミのそんな親密さを訝しみ、あるいは嘲りや嫉妬から同級生は不躾な質問やからかいの言葉を投げる。これは我々もかつて、あるいは現在でもイヤというほど目にしてきた光景だ。クィアに限らず大多数に属さない個性を忌避し、集団から排除しようとする差別的な行為や暴力は、いつまで経ってもなくならない。本作に登場する同級生たちのように、子どもがすでに根強いホモフォビア(同性愛や同性愛者に対する嫌悪や恐怖などの心理的概念と、それに伴ういじめや差別、暴力などの行為)に侵されているのは、明らかに家族や周囲の人間、メディアからの刷り込みだ。

レオがレミを遠ざけたり、あえて荒っぽいアイスホッケー部に入ったりしたのは、ホモソーシャルな社会(学校)においてレミと「付き合っている」と思われたら生きづらくなるという防護本能が働いたからに他ならない。一方、レミはありのままの自分を貫き、それゆえに深く傷つくことになる。本作の脚本はゲイであることをオープンにしている監督の実体験に基づいて書かれているが、インタビューで自身はレオでありレミでもあったと述べている。マジョリティから疎外されないために常に用心し、時に自己を偽り、時に傷つけられてきた監督の過去が、繊細で心揺さぶる作品世界に結実している。

ずっと胸にしまっていた秘密を、ついにレミの母ソフィに告白するレオ。それは互いにとってあまりにも辛い瞬間だ。それでもふたりはこれを機にそれぞれ前に進んでいく。傷ついたレオをさりげなくフォローする兄の存在も含め、少年ふたりを取り巻く家族の存在も素晴らしい。

傷つけないことを全ての世代が学ぶために

KRIS DEWITTE

レミが去った後、それでも季節は巡る。収穫後に畑に残った花は咲いたまま刈り取られ、華やかな色彩が消え失せたあとの畑は暗い土だけになる。やがてその秋も過ぎ、冬を超え、また畑に色彩の戻る花の季節が訪れる頃、レオは再び花畑を疾走する。だがそこにレミの姿はない。

レオを演じたのは、たまたま電車内で彼を見かけた監督がオーディションに声をかけたという新人エデン・ダンブリン。なんと彼は『Girl/ガール』で主人公ララ を演じたビクトール・ポルスターと同じバレエスクールに通っているという。美しい容姿だけでなく伸びやかで鋭い表現力は見事で、将来が楽しみなベルギー出身の14歳だ。内省的なレミ役を繊細に演じたグスタフ・ドゥ・ワエルとの相性も抜群で、二人ともまさにはまり役である。

差別をきっかけに親友を失う少年を描いた映画というと、名匠ルイ・マル監督の『さよなら子供たち』(87)という自伝的映画が思い起こされる。ナチス占領下のフランスの寄宿学校を舞台に、フランス人の少年と謎めいた転校生との友情を描いた傑作だ。短期間にかけがえのない友情を育んだふたりは、やがてナチスの手によって引き裂かれていくというストーリーはLGBTQ+への差別ではなくユダヤ人に対する人種差別がフィーチャーされているが、やはりルイ・マル監督の実体験が反映されている。理不尽な差別によって大切な友が奪われ、それに対し無力だった少年時代の自分に対する悔恨が作品の根幹にある点も『CLOSE /クロース』と共通している。

以前は大作の監督にも興味があったというルーカス・ドン監督。ヒット作を連発し、すでにハリウッドなどからのオファーもあるそうだが、今は大作にそれほど執着しておらず、表現したいものを表現できる現在の環境に満足しているという。昨今クィアを題材にした作品が多く作られ、商業主義的な魂胆や事情も見え隠れする作品もあるなか、自身の感覚に忠実に誠実に名作を作り続けているドン監督は、戦闘シーンを一切出さず、少年の目から戦争と反ユダヤ主義を描いたルイ・マル監督同様、信用に足る存在だ。本作も、衝撃的なストーリーだが過激なシーンは一切ない。人を傷つけることにまだ無頓着な子どもから、誤った差別感情をすでに身につけてしまった大人まで、すべての世代におすすめしたい作品である。

© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

〈作品紹介〉
CLOSE/クロース
7月14日(金)より全国公開

監督:ルーカス・ドン(『Girl/ガール』)
脚本:ルーカス・ドン、アンジェロ・タイセンス
キャスト:エデン・ダンブリン、グスタフ・ドゥ・ワエル、エミリー・ドゥケンヌ

2022年|ベルギー・オランダ・フランス|104分|ヨーロピアンビスタ|5.1ch|原題:Close|字幕翻訳:横井和子|G

配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
提供:クロックワークス 東北新社
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
公式HP:closemovie.jp 公式Twitter&Instagram:@closemovie_jp