80年代パリ。ある家族の7年を繊細に描く映画の中の子ども・家族Vol.29『午前4時にパリの夜は明ける』文/水谷美紀

© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA 
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夫に去られ、大学生と高校生の子ども2人を自分ひとりで養うことになったヒロイン。悲しみと不安のなか、専業主婦だった彼女はなんとかラジオ局に職を得て、深夜番組を手伝うようになる──。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.29はシャルロット・ゲンズブール主演の話題作『午前4時にパリの夜は明ける』を紹介します。

傷ついた女性の新しい生活

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1980年代のパリを舞台に、シングルになったひとりの女性と家族の7年間をきめ細やかな視線で描いた本作は、急死した姉の娘を引き取った青年の物語『アマンダと僕』(2018)で高い評価を得たミカエル・アース監督の最新作である。

物語は「Changement et Espoir(変革と希望)」を掲げた社会党のフランソワ・ミッテランが大統領に当選した1984年5月10日の夜から始まる。パリの街は祝賀ムードで盛り上がっているが、夫に去られたばかりの主婦エリザベートはひとり傷つき、深い悲しみのなかにいた。そんなパリの街に深夜〜午前4時まで流れるのが、女性ディスクジョッキー・ヴァンダによる人気深夜ラジオ番組『夜の乗客』だった。

大学生のジュディッドと高校生のマチアスという2人の子をひとりで養うことになったエリザベートは運良く番組への投稿をきっかけにヴァンダと出会い、リスナーからの電話を取り次ぐ仕事を得る。ある日、番組に出演した少女タルラと出会ったエリザベートは、行くあてのない孤独な身の上を知って思わず彼女を自宅に招き入れる。魅力的なタルラの出現にマチアスは戸惑い、ふたりは急速に距離を縮めていく。やがて傷を抱えるエリザベートの前にも新しい男性が現れる。こうして家族3人の生活は、それぞれ少しずつ変化していく。

シャルロットが演じる母親の魅力

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ヒロインのエリザベート役を演じるのは『なまいきシャルロット』(85)で鮮烈なデビューを飾って以来、フランス映画界のミューズとして第一線で活躍し続けているシャルロット・ゲンズブール。自分と同じ役名のナイーブな少女を演じて世界に衝撃を与えた彼女が、本作では同じ時代設定のなか、当時の自分と歳の近い子をもつ女性を演じている。

ガラス細工のように繊細だが、しなやかな強さや寛大さも併せ持つエリザベートは、シャルロットが持つ唯一無二の個性によって物静かだが圧倒的な存在感を放っている。40代の母親といって想起されるステレオタイプにはまらない多面的なキャラクターは、劇中でも男性に表現されるように複雑な魅力に満ちている。一方、エリザベートとは対照的な激しい気性のヴァンダ役には、シャルロットと同様80年代から活躍し続けているエマニュエル・べアールを起用している。

事件や葛藤をショッキングに扱わず、控え目ながら心に響く作風が魅力のアース監督だが、本作でも日常のささやかなドラマを積み重ねることで人物の魅力を深め、観客を物語に没入させていく手腕は見事である。

80年代を舞台にしていながら懐古趣味に陥っていないのは、1975年生まれのアース監督が大人として80年代を経験していないことも大きい。当時まだ幼く、この時代を謳歌していた若者に憧れていた監督によって、本作は時代考証をしっかり押さえつつ、今の若者が観ても当時若者だった世代が観ても違和感のないフレッシュな作品に仕上がっている。

早逝したパスカル・オジェへのオマージュ

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音楽も同様で、当時流行したフレンチポップスをはじめ、ペイル・ファウンテンズ、テレヴィジョンやジョン・ケイルといったニューヨークパンクの名曲がさりげなく挿入されているが、それ一色のトーンではない。これら当時のヒット曲とも馴染みが良いアントン・サンコのエイジレスな音楽はどこか懐かしく、そして新しく、秀逸だ(本作で2023年セザール賞オリジナル音楽賞ノミネート)。

また、この作品の成功にはアントン同様『アマンダと僕』でもタッグを組んだセバスチャン・ブシュマンによる撮影の力も大きい。陽光を活かした柔らかく印象的な映像は監督の世界観を見事に伝えるとともに、人物や室内だけでなく街並みや風景をみずみずしく映し出す。パリをいっそう好きにさせる名コンビである。

もう一つ忘れてはならないのが、本作が女優パスカル・オジェへのオマージュになっている点だ。姉弟とタルラがエリック・ロメール監督の名作『満月の夜』を偶然観て主演のルイーズを演じたパスカルに魅了されるシーンはフランス映画ファンにとっては特に感慨深い。同様に劇中では、パスカルが実の母親ビュル・オジェと共演したジャック・リヴェット監督の『北の橋』も登場する。

『満月の夜』に出演した2年後、25歳の若さで亡くなった彼女の人気は今も根強い。ノエ・アビタが演じた不安定で孤独な少女タルラがどことなくパスカル・オジェを彷彿とさせるのは、もちろん偶然ではないだろう。

〈作品情報〉
『午前4時にパリの夜は明ける』
4月21日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次公開

監督・脚本:ミカエル・アース(『アマンダと僕』)
出演:シャルロット・ゲンズブール、キト・レイヨン=リシュテル、ノエ・アビタ、メーガン・ノータム、エマニュエル・ベアール
2022年/フランス/カラー/111分/R15/ビスタ/原題:LES PASSAGERS DE LA NUIT
配給:ビターズ・エンド
© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
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