過酷な日々を支え合う偽りの姉弟映画の中の子ども・家族Vol.28『トリとロキタ』文/水谷美紀

©LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM - FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv -  PROXIMUS - RTBF(Télévision belge) Photos ©Christine Plenus
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実の姉弟と偽り、ベルギーで暮らす移民のトリとロキタ。偽造ピザと交換に闇仕事を引き受けたロキタが恋しくて、トリは“姉”に会いに行くのだが──。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.28は、固い絆で結ばれた2人の子どもを描いた『トリとロキタ』を紹介します。

ビザがおりず犯罪に手を染める少女

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『ロゼッタ』(1999)や『ある子供』(2005)『ロルナの祈り』(2008)など、社会問題を扱った数々の名作で知られるダルテンヌ兄弟。カンヌ映画祭75周年記念大賞に輝いた本作は、世界的に課題となっている移民問題を、少年と少女の強い友情を通して告発した作品である。

主人公はベルギーのリエージュにやってきたベナン共和国出身のトリと、カメルーン出身のロキタ。密航ボートのなかで知り合ったふたりは固い絆で結ばれており、簡単にビザが取れたトリと姉弟ということにして、ロキタのビザも取得しようとしている。ビザがないため正規の職につけないロキタは麻薬の売人としてお金を稼ぎ、祖国の母親に送金をしている。

抗えない立場のなかでロキタは時に性的な要求もされる。自尊心踏をみにじられ、深く傷ついて「自分は汚れている」と吐露する“姉”に、幼いがしっかり者の“弟”は優しい言葉をかける。困難しかない異国の地で、互いの存在が唯一の支えであり慰めになっているふたりは、ロキタの「ビザが取れたら家事ヘルパーをめざす」という願いを胸に、危険と隣り合わせな日々を過ごす。

ところが面接をしくじったロキタはビザの取得に失敗する。送金予定のお金も密航の斡旋業者に取られて八方塞がりとなったロキタは、偽造ビザと引き換えに大麻栽培の闇仕事を引き受け、トリと離れ離れになってしまう。

寄るべない不法移民の現実

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古くから移民を寛容に受け入れ、共存を図ってきたベルギー(※)だが、近年は移民数の増加にともなって移民に対する感情もネガティブになっており、世界的な流れと同じく移民を排斥したり敵対心を持つ人が増えているという。特に不法移民は犯罪に手を染める者も多いため、そうでない移民も同一視される傾向にあり、ますます両者の間に距離ができている。

そんな状況を怒りとともに憂慮する監督によって描かれる移民のトリとロキタは、互いを思いやり、当たり前の幸せを求めて懸命に生きている純粋な子ども達だ。環境に恵まれていたら犯罪に手を染めることもなかったふたりを主役に据えることで、ダルテンヌ兄弟は移民もそうでない人も変わらぬ人間であること、移民の多くは困難に直面している人々であることを伝えている。

(※)ベルギーは2020年における世界の移民比率ランキング36位(17.30%)。ちなみにフランスは51位(13.06%)、日本は133位(2.19%)である。
出典:United Nations – Population Division https://www.un.org/development/desa/pd/

華美ではないが豊かな作品

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後半、物語はふたりを容赦なく追い詰める。トリは大麻の栽培所に向かう車にこっそり乗り込み、ロキタと再会を果たす。だが喜んだのもつかの間、2度目の来訪で手下に見つかってしまう。そこからは一転、ふたりを後ろから追う独特のカメラワークも手伝って、物語は最高の緊迫感をもった逃避行に切り替わる。無駄な画は撮らない監督らしい簡潔な展開と一気に訪れるエンディングは、大きな衝撃と余韻を残す。

ブリュッセルからの日帰り旅行先として人気のリエージュは美しい建物も多い街だが、この作品に華やかな場面や浮き立つシーンは一切出てこない。だが、トリはロキタが、ロキタはトリがいることで生きていけるし、互いを想えば心が温かくなり、元気になれる。そんな存在と出会えたふたりの姿は美しく、精神は豊かである。演技経験のないトリ役のパブロ・シルズ、ロキタ役のジョエリー ・ムブンドゥはともに気負いのない魅力があり、バランスも良い(トリ役には小柄な少年を、対するロキタ役には大柄な少女を探したという)。

この作品は移民問題を取り上げているが、移民でなくても過酷な生活を余儀なくされている子どもは多い。トリとロキタの友情物語に我々は心動かされ、その感動によって子どもを不幸に追いやる原因に自然と目を向けることになる。だがそこに押し付けがましさはなく、ただ見事な映画があるだけだ。それがダルテンヌ兄弟の作品であり、彼らが特別といわれる理由だろう。

〈作品情報〉
トキとロキタ
3/31(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー!

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガほか
配給:ビターズ・エンド
2022年/ベルギー=フランス/カラー/89分/Tori et Lokita
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https://bitters.co.jp/tori_lokita/