母の秘密にも踏み込んだ スピルバーグの自伝的作品映画の中の子ども・家族 Vol.26『フェイブルマンズ』文/水谷美紀

© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

映画に魅せられ、映画製作に没頭する少年。両親と3人の妹、そこに父の親友を加えた家族との日々は、一点の曇りもない幸福なものだと思っていた──。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.26は、スティーヴン・スピルバーグ監督の最新作『フェイブルマンズ』を紹介します。

初めて描かれる巨匠の少年時代

© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

数々のヒット作を世に送り出し、世界中の映画ファンに愛されているスティーヴン・スピルバーグ。監督歴50年にして初の自伝的物語である本作は、ひとりの少年が映画監督の道を歩き出すまでを描いた作品だ。

ユダヤ系の少年サミー・フェイルブマンは、5歳の頃に観た『地上最大のショウ』(1952)の激突シーンに衝撃を受け、映画に魅せられる。やがて8ミリカメラを手にした彼は、家族の風景を撮影するだけでは飽き足らなくなり、本格的に映画製作を始める。

大勢の友人を集めて戦争映画を撮影したり、ハイスクールの友人たちを撮影した映像でプロムパーティを沸かせたりと、映画監督としてのサミーの才能はすでに傑出している。そんなサミーの才能を評価し応援してくれるのは、ピアニストの母ミッツィー。片や、科学者で現実的な父バートは映画製作を単なる趣味としか思っていない。映画監督をめざす多くの若者が経験する“親の反対”という壁は、サミー(=スピルバーグ)の前にも立ちはだかっていたのだ。

少年時代のスピルバーグが実際に監督した戦争映画は、今も観ることができる。本作で流れるものと同じ内容だが、まさに“栴檀は双葉より芳し”そのものの見事なクオリティで、「どうやってスピルバーグはスピルバーグになれたのか」「スピルバーグの少年時代はどの程度だったのか」という問いの明確な答えになっている。

サミーが巨匠ジョン・フォードと運命的に出会うシーンは本作のハイライトだが、これも実際にスピルバーグが遭遇した体験がもとになっているという。フォード役を演じる意外な人物も含めて必見だ。

両親の死後、本作の製作を決心

© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

スピルバーグの分身である主人公サミーを演じるのは、新星カブリエル・ラベル。純粋無垢だった映画少年から、人生の複雑な味をいち早く知る青年へと成長する姿を、みずみずしく演じている。

母ミッツィー役には、過去4度のアカデミー賞ノミネートに輝くミッシェル・ウィリアムズ。魅力的な妻であり母である一方、内面にひとりの女性として深い悩みと葛藤を抱える複雑な役柄を見事に演じている。

他にも芸術家肌のミッツィーと対照的な父バート役にポール・ダノ、父の親友ベニー役にセス・ローゲン、映画界に身を投じた強烈な伯父役にジャド・ハーシュと、盤石なキャストが脇を固めている。長らくコンビを組んでいるヤヌス・カミンスキーの撮影や、ポール・トーマス・アンダーソン作品で知られるマーク・ブリッジスの衣装、そして盟友ジョン・ウィリアムズの音楽も素晴らしい。

また、ガブリエル同様フレッシュなキャストとして、クウェンティン・タランティーノ監督『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)でベテラン子役の少女役を演じ、大人顔負けの存在感を発揮していたジュリア・バターズがサミーの妹レジー役で出演しているのも見逃せない。やはり子役時代にスピルバーグ作品に出演し、その後スター街道を駆け上がったドリュー・バリモア(『E.T.』)やクリスチャン・ベール(『太陽の帝国』)、ブランクを経てダニエルズ監督の『エブリシング・エブリウェア・アット・ワンス』(2021)で第95回アカデミー賞助演男優賞に輝いたキー・ホイ・クァン(『グーニーズ』『インディジョーンズ/魔宮の伝説』)のような、今後の活躍が楽しみだ。

ひとりの女性である母親を描く

© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

本作は映画監督をめざすサミーの成長物語だが、同時にタイトルが示す通り、彼を取り巻くフェイブルマン家の物語でもある。なかでも仲の良い夫婦に見えた両親と父の親友ベニーとの間におこる出来事はこの映画のもう一つの核であり、サミーの人生に大きな影響を与える“事件”である。

スピルバーグの母親リア・アドラーは2017年に、父親アーノルド・スピルバーグは2020年に亡くなっており、スピルバーグは両親の死が本作を製作する大きなきっかけになったと語っている。フィクションとはいえ両親とベニーのエピソードはかなり踏み込んだ内容だけに、巨匠スピルバーグといえども、ふたりの死後でなければここまで振り切って描けなかったかもしれない。

専業主婦が既婚女性の約75%を占めていたこの時代、女性が子供を育てながら芸術家として活動することは難しく、多くは志を断念して家庭に入った。かつてコンサートピアニストを目指していたミッツィーも、そしてスピルバーグの母も、そんな女性芸術家の一人だった。

スピルバーグの母リアはミッツィーと同様、父アーノルド(コンピューター技師の先駆けでビル・ゲイツが尊敬する人物に挙げるほどの人物)との結婚を機にピアニストの道を諦め、離婚するまで専業主婦として暮らした。また、本作の共同脚本家トニー・クシュナー(『リンカーン』『ウエスト・サイド・ストーリー』など)の母親も独身時代は優れたファゴット奏者だったが、クラリネト奏者で指揮者でもあったウィリアム・クシュナーとの結婚を機に引退し、やはり専業主婦として生きた人だという。

夢を諦め、家族のために生きてきたミッツィーは、やがてひとりの女性としての幸せを求め、新たな人生を選択する。そんな母を最初は拒絶するサミーだったが、少しずつ赦し、最終的には丸ごと受け入れていく。そんなサミーの成長した姿には、ともに母親から芸術的な才能を受け継ぎ、世界的に成功したスピルバーグとクシュナーの、それぞれの母親に対する深い感謝と愛情が込められている。

〈作品情報〉
『フェイブルマンズ』
大ヒット上映中
© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
配給:東宝東和

監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー 音楽:ジョン・ウィリアムズ 衣装:マーク・ブリッジス 美術:リック・カーター
編集:マイケル・カーン、サラ・ブロシャー 撮影:ヤヌス・カミンスキー
原題:The Fabelmans 配給:東宝東和 上映時間:151分

公式HP:https://fabelmans-film.jp/