2023年02月19日
＿レビュー

新しい親を探す、余命わずかな父映画の中の子ども・家族 Vol.25『いつかの君にもわかること』文／水谷美紀

© 2020 picomedia srl digital cube srl nowhere special limited rai cinema spa red wave films uk limited avanpost srl.

余命わずかなシングルファーザーが、残される息子のために新しい家族を探す。最良の未来を与えたいと思い、たくさんの候補者に会うのだが──。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.25は、世界的な大ヒットとなった『おみおくりの作法』のウベルド・パゾリーニ監督の最新作『いつかの君にもわかること』を紹介します。

養子縁組を決心し、候補者に会う

自分がいなくなったら、この子はどうなるのだろう。この子が成長するまでは、絶対に死ねない。愛する子の笑顔や寝顔を見て、そんなことを考えたことのある親は少なくないはずだ。幼い子をひとりで育てている親なら、その危機感はさらに大きいだろう。

もし避けられない事情で、幼い我が子と別れなくてはならなくなったら。自分が間もなく命を落とすと分かっていたら。残される我が子に自分が今できることは？　本作の主人公は、そんな悩みと苦しみの渦中にいる。

窓拭き清掃員のジョンは、4歳の息子マイケルをひとりで育てているシングルファーザー。だが不治の病にかかり、33歳の若さにも関わらず余命わずかと宣告されている。近いうちに訪れる別れに備え、ジョンは病魔と闘いながら、自分に代わってマイケルを育ててくれる新しい家族を探し始める。

養子縁組の手続きを済ませたジョンは、マイケルを連れてたくさんの候補者と面会を重ねる。だが新しい親探しは予想以上に難航し、なかなか決まらない。当初はすぐに理想の家族に出会えると思っていたジョンだったが、面会する候補者はみな、彼が望む“普通の家族”とは少しずつ違っている。

やがてジョンは、自分の決断が息子の未来を左右するというプレッシャーから不安に駆られ、自信を失っていく。マイケルにとって最良の家族とは？　息子は誰と暮らすのが一番いいのか？　残された時間はあとわずか。焦り、悩み、葛藤の果てに、ジョンが選んだのは──。

静かに、誠実に、生と死を描く

過去にプロデューサーとして大ヒット作『フル・モンティ』（1997）を世に送り出したウベルト・パゾリーニ監督。前作『おみおくりの作法』（2013／原題：STILL LIFE）は世界中の映画祭で絶賛され、日本でも当初わずか1館の公開から最終的には100館を超すロングラン大ヒットを記録し、多くのファンを獲得した。前作は孤独死した人を弔うことが仕事の男を主人公に、死によって浮かび上がる人間の生について考えさせられる見事な作品だったが、本作でも不治の病に冒されたシングルファーザーと幼い息子との関係を通して、生と死、死者の存在について描いている。

小津安二郎やダルテンヌ兄弟などの影響を受けながらも独自の静かで誠実な作風は、控えめだからこそ心に届く。主人公ジョンを演じたジェームズ・ノートンの抑えた演技と、マイケル役の子役ダニエル・ラモントの作り過ぎていない愛らしさが、大袈裟に感動を煽る作品とは一線を画した魅力を放っている。

息子にとって最良の選択とは？

この物語でもうひとつ注目したいのは、ジョンが面会する候補者の人々だ。将来はマイケルを母校のボーディングスクールに入れようと語る裕福な夫婦、たくさんの養子に愛情を注いで暮らしている夫婦、妊娠や出産はロスだからと養子を望む夫婦、若い頃に子を手放した過去を悔いている独身女性など、実にさまざまだ。

だがジョンが望むのは、ごく標準的で温かい“普通の家族”だ。ジョンの希望は決して無謀なものではないが、ぴったり合致する家族は現れない。

窓拭き清掃員であるジョンは日々、窓を通してさまざまな家族を目にする。どの家族も幸せそうに見えるが、それは奇跡的なことなのか、自分以外には当たり前のことなのか、それとも第三者の目にそう映っているだけなのか……。

家族に恵まれず不遇な少年時代を過ごしたジョンは結婚生活もうまくいかず、妻は生まれたばかりのマイケルと自分を捨てて祖国に帰ってしまった。決して裕福とはいえないものの、マイケルとの2人暮らしは、彼が手にした初めての幸福な家庭だったのだ。愛する息子を残して旅立つジョンの最後の選択が、マイケルにとって幸せなものになることを願わずにいられない。

〈作品情報〉
『いつかの君にもわかること』
2月17日（金）より、YEBISU GARDEN CINEMA他順次公開

監督・脚本：ウベルト・パゾリーニ
出演：ジェームズ・ノートン、ダニエル・ラモント、アイリーン・オヒギンズ

2020年｜イタリア、ルーマニア、イギリス｜英語｜95分｜カラー｜ビスタ｜5.1ch｜原題：Nowhere Special ｜字幕翻訳：渡邉貴子｜映倫G
提供：木下グループ
配給：キノフィルムズ
© 2020 picomedia srl digital cube srl nowhere special limited rai cinema spa red wave films uk limited avanpost srl.

公式HP：https://kinofilms.jp/movies/nowhere-special/