2022年11月27日
＿レビュー

突然現れた、見知らぬ６歳の弟映画の中の子ども・家族Vol.23『シスター夏のわかれ道』文／水谷美紀

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「見知らぬ弟が現れて、私は突然、姉になった──。」両親の訃報とともに、突然現れた幼い弟。看護師をしながら医師をめざすヒロインは、自分が育てるのは無理だと判断し、弟を養子に出すことにする。ところが養親が決まる間、仕方なく一緒に暮らしてみると……。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.23は、中国全土を巻き込む社会現象になった映画『シスター夏のわかれ道』を紹介します。

わたしの人生は誰のもの？

中国国内外の映画賞を次々と獲得した本作は、家父長制が残る中国の地方都市を舞台に、自己実現と家族の絆との間で葛藤する女性を描いた話題作だ。

看護師として働きながら医師をめざしているアン・ラン（チャン・ツィフォン）のもとに、疎遠にしていた両親の訃報が入る。衝撃を受けている彼女の前に、今度は存在すら知らなかった６歳の弟・ズーハン（ダレン・キム）が現れる。アン・ランが家を出たあと両親は彼女に告げず、子をもうけていたのだ。

望まれない娘として育った自分と、待望の長男として親の愛情を一身に受けて育ったズーハン。親戚はアン・ランがズーハンを引き取って育てるべきだと決めつける。だがアン・ランは自分の人生は自分のものと周囲の声をしりぞけ、ズーハンを養子に出すことにする。

養親が見つかるまでと割り切ってズーハンと一緒に暮らし始めるアン・ラン。当初はズーランのワガママに振り回されイライラし通しだったが、少しずつ愛着が芽生え始める。やがて良い養親が見つかるが、その頃には養子に出すという決心も揺らぎ始める。自分の人生を生きるべきか、姉として弟を育てるべきか。そんな葛藤のなか、アン・ランは養親から重大な約束を含んだ同意書へのサインを求められる──。

医者をめざすヒロインに、子育てをせまる親戚

幼い弟の突然の出現によって主人公アン・ランが直面するのは、生活の変化ではなく人生の危機だ。親戚から「自分の人生は諦めて弟を育てろ」「姉なら我慢しろ」と理不尽な要求を突きつけられるが、それ以前からも根強く残る家父長制の抑圧をずっと受けてきた。だが彼女には犠牲者のままでは終わらないという固い意志と行動力があり、その強さと激しさが魅力のヒロインだ。

アン・ランと両親の確執には、中国独自の一人っ子政策も影響している。人口が増え過ぎるのを防ぐため、1979年〜2015年まで多くの中国の家庭で子は一人しか持てなかった。だが「跡取りは男でないと」と考える家庭で女の子が生まれた場合は、“ある特例”を抜け穴にして第二子をもうけるケースも多かったという。例に漏れず第二子を望んだ父親と幼少期のアン・ランの間に何があったのか。それなのにアン・ランとズーハンの年齢がこれほど離れているのはなぜなのか。徐々に明らかにされていくアン家の事情によって、物語は意外な深みを増し、アン・ランが受けた心の傷も明らかにされていく。

物語は続く。ヒロインが選んだ道は？

アン・ランとズーハンの絆が深くなれなばるほど、観客はラストシーンを案じ始めるだろう。これが30年前の作品であれば、彼女は愛する弟を育てるために潔く夢を諦め、看護婦を続けるという結末が常套だったはずだ。そしてそんな彼女を観客は称え、美談だといって涙したかもしれない。

だが時代は進み、人権意識の高まりとともに、現在は女性であれ男性であれ、家や家族の犠牲になって自分の人生を諦める不幸はなくしていこうという風潮にある。劇中、弟であるアン・ランの父のために大学進学を諦め、今は寝たきりの夫の介護をしている伯母に向けてアン・ランが言い放った「自己犠牲の才能」の連鎖は、いよいよ断ち切らなければならない。だがアン・ランにそれができるのだろうか？

監督が用意した絶妙なラストシーンは、観客に「姉弟のその後」を想像させる余地を与えている。その姿勢を評価する一方で、5年後、10年後のアン・ランとズーハンを描いた続編も観てみたいと思ってしまう。彼らの人生をもう少し見届けたいと願うのは、アン・ランを演じた中国の新世代スター、チャン・ツィフォン（岩井俊二監督『チィファの手紙』（’20）にも出演）と、ズーハンを演じた名子役ダレン・キムのみずみずしい魅力によるところも大きい。これきりで別れるにはあまりにも惜しい姉弟なのだ。

〈作品情報〉
シスター夏のわかれ道
11月25日(金) 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
監督:イン・ルオシン脚本:ヨウ・シャオイン
出演:チャン・ツィフォン、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン、ダレン・キム
2021年/中国語/127分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:我的姐姐/日本語字幕:島根磯美
配給：松竹　宣伝：ロングライド
公式サイト：https://movies.shochiku.co.jp/sister/