AIロボットに隠された眼差し映画の中の子ども・家族 Vol.21『アフター・ヤン』 文/水谷美紀

ⓒ2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.
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娘のシッターとして購入したAIロボットの青年が、突然動かなくなる。取り出されたメモリには彼の目を通した家族の姿と、ある“秘密”が残されていて……。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.21は、小津安二郎を敬愛する監督による、近未来を舞台にした家族と喪失の物語『アフター・ヤン』を紹介します。

娘の“兄”として暮らすAIロボット

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舞台は数十年先の未来。そこは“テクノ”と呼ばれるAIロボットやクローンが人間と共存し、ともに暮らす世界。茶葉の販売店を営むジェイク(コリン・ファレル)とカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)夫妻の家にも、中国系の養女ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)のシッター用に購入されたAIロボットの青年ヤン(ジャスティン・H・ミン)がいる。ミカとヤンは互いを「兄(グァグァ )」「妹(メイメイ)」と呼び合うほど仲が良く、4人は幸せに暮らしていた。

そんなある日、突然ヤンが動かなくなる。ふさぎ込むミカのためにジェイクはヤンを急いで修理に出すが、新しいモデルに買い換えるしかないと告げられてしまう。なんとかならないかと奔走するジェイクは、やがてヤンのなかに保存された膨大な動画の存在を知る。それはヤンの目を通して1日数秒ずつ撮影された一家の日常や美しい風景の記録だったが、それ以外にも見知らぬ若い女性(ヘイリー・ルー・リャードソン)が繰り返し登場する謎めいた映像が残されていた。女性はいったい誰なのか。そしてヤンの眼差しの正体は──。

喪失を機に明らかにされる想い

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疎遠だった建築学者の父親が倒れ、入院先の街に滞在することになった息子を描いた長編デビュー作『コロンバス』(2017)で高い評価を得たコゴナダ。小津安二郎を敬愛し、小津と名コンビだった脚本家・野田高悟から名前をとった彼の最新作『アフター・ヤン』は、AIロボットが壊れたことで起こる、静かな波紋のような物語だ。

ヤンは養女ミカのために購入されたシッター用のAIロボットだ。だが、彼を“家電製品”と見なすのは難しい。長い年月をともに暮らし、幼いミカの精神的な支えとなって寄り添うヤンは、一家にとってすでに代替可能なテクノではなく、唯一無二の大切な存在になっていたからだ。人種も異なり、血縁による繋がりもないジェイク、カイラ、ミカの3人家族にヤンが加わった4人の組み合わせは、穏やかで慎ましやかな幸福に満ち、不思議なくらいしっくり馴染んでいる。さらにコゴナダ監督の静謐な世界観と繊細な情感が、この“4人家族”に無理のないリアリティを与えている。

前作はモダニズム建築の街といわれるコロンバスが舞台だったが、今作でも建築に対する監督のこだわりが発揮されており、20世紀半ばのモダニズム建築であるアイクラー・ホームで大半を撮影している。小津の影響を感じさせる余白を大切にした美しい映像も、この作品の大きな見どころだ。

ヤンの眼差しが示すもの

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「AIロボットに感情はあるのか?」。これはコンピューターサイエンスの分野だけでなく、哲学や心理学の分野でも長年議論されていることだが、現時点では否定的な見方をされている。一方フィクションの世界においては、AIロボットは擬人化された存在として古くから認知され、人間同様に豊かな感情表現をおこなうAIロボットが登場する作品も少なくない。

だが『アフター・ヤン』においては、AIロボットのヤンだけでなく、人も、そしてクローンも、それぞれに孤独で、感情や愛情が抑制された者達ばかりが登場する。これはコゴナダ作品に共通した特徴ともいえるが、彼が特に好んでいるという小津安二郎と野田高梧による名作『麦秋』(1951)にも通じる作風だ。大げさな感情表現も告白も、ここには見当たらない。それゆえミカを可愛がり、ジェイクやカイラと優しく知性ある会話のできるヤンの言動が、感情を宿したものなのか高度なプログラミングによるものなのかは、一家とのやり取りからは読み取れない。

そんななか唯一雄弁なのが、メモリバンクに残された映像からうかがえるヤンの眼差しだ。まだ赤ん坊だったミカや夫婦に向ける温かい眼差し。美しい緑や風景を切り取ったみずみずしい眼差し。そして幾度も登場する女性を見つめる特別な眼差し。ヤンの眼差しが美しければ美しいほど、残された人々が抱える喪失が切なく胸にしみてくる。

<作品情報>
『アフター・ヤン』
10 月 21 日(金)より TOHO シネマズ シャンテほか全国公開
配給:キノフィルムズ
©️2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

監督・脚本・編集:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
撮影監督:ベンジャミン・ローブ 美術デザイン:アレクサンドラ・シャラー 衣装デザイン:アージュン・バーシン 音楽:Aska Matsumiya オリジナル・テーマ:坂本龍一 フィーチャリング・ソング:「グライド」Performed by Mitski, Written by 小林武史

出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリ ー・ルー・リチャードソン

公式サイト:https://www.after-yang.jp