里親と“末っ子”に訪れた、別れの時映画の中の子ども・家族 Vol.20『1640日の家族』文/水谷美紀

©︎ 2021 Deuxième Ligne Films - Petit Film All rights reserved.
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ふたりの息子と夫と一緒に里子のシモンを育てていたアンナ。子ども達は実の兄弟のように成長し、一家は楽しく暮らしている。ところが定期的に会っていた実父のエディから、シモンを完全に引き取って育てたいと申し出があり──。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.20は、監督の実体験に基づいた里親一家の物語『1640日の家族』を紹介します。

 

「一緒に暮らしたい」。実父からの申し出

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長編デビュー作『ディアーヌならできる』(17)で、ゲイカップルの代理母となった女性を描いたファビアン・ゴルジュアール監督。コメディだった前作から一転、最新作は里子との突然の別れに苦しみ、激しく葛藤する里親の姿をシリアスに描いている。

ヒロインのアンナは2人の息子を育てながら、里親としてシモンを養育している。生後18ヶ月から4年半という時期に育てたこともあってシモンは一家に溶け込んでおり、アンナはもちろん夫ドリスにとっても彼はもはや可愛い末っ子だ。それは息子たちも同じで、実の弟のようにシモンを可愛がっている。

そんなある日、定期的にシモンを会わせていた実父エディから、そろそろシモンを引き取って一緒に暮らしたいと申し出がある。

シモンが実父とまた暮らせるようになる。それは本来とても喜ばしいことだ。ところがアンナは突然の別れを冷静に受け止められない。4年半の間にシモンは一家にとって一時的に預かっている他人ではなく大事な家族になっており、シモンとの別れは長男や次男と引き離されることに等しい衝撃と痛みをアンナにもたらした。やがてクリスマスになり、アンナはシモンも一緒に休暇を過ごしたいと願うあまり、里親にあるまじき行動をとってしまう。

愛するがゆえに冷静さを失っていく母

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里親委託率が先進国のなかで特に低い日本。そんな日本の約2倍の委託率があるフランスでは、里親や里子はけっして珍しいものではない(※)。相応の給料も支払われるため、れっきとした職業として成立しており、里親専業の人も多い。本作のヒロインであるアンナもそのひとりだ。

国によって内容に多少の差はあるが、里親には大きく分けて4種類ある。養子縁組を目的とせずに要保護児童を預かって育てる『養育里親』、虐待された児童や非行などの問題のある児童や、障害などがあって専門的なケアが必要な児童を育てる『専門里親』、養子縁組を前提とした『養子縁組里親』、3親等以内の親族が育てる「親族里親」だ。

アンナはこのうちの『養育里親』に当たる。つまりシモンを実子として育てるという選択肢は初めからなく、いずれは実父のもとに帰ってしまうことも納得している。だが人の心とはそんなに杓子定規にできているものではなく、一緒に暮らすうちに情が移るのは当然だ。シモン役を演じたガブリエル・パヴィの愛くるしい魅力がさらに、シモンとの別れに苦悩するするアンナと一家の心境に説得力を与えている。理想的な里親だったアンナの思考が少しずつずれていく様子はスリリングで、目が離せない。

シモンを手元に置きたくて思わず嘘をついてしまったり、援助局のスタッフに問い詰められてつい誤魔化してしまったりするアンナの姿を見て、愚かだと感じる人がいるかもしれない。だが、たとえ血は繋がっていなくても自分の育てた子と離れたくないともがくアンナを、一体誰が責められよう。

(※)2018年前後の統計によると日本の平均委託率が21.5%なのに対し、フランスは44.2%、アメリカは85.09%、世界一高いオーストラリアにいたっては92.3%。ただし里親の概念は諸外国によって異なる。
参照:厚生労働省「社会的養育の推進に向けて」
https://www.mhlw.go.jp/content/000833294.pdf

原題が意味する「本物の家族」とは

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アンナ役を演じるのは、トップモデルとしてエルメスやイブ・サンローランの広告塔をつとめたこともあるメラニー・ティエリー。女優としても活躍しており、『海の上のピアニスト』(1998)で一躍脚光を浴びた後も、さまざまな作品に出演している。本作では里子シモンを愛するあまり冷静さを失っていくアンナを繊細に、そして表現豊かに演じている。

そんなアンナの夫ドリス役にはフランス版『カメラを止めるな!』(17)にも出演しているリエ・サレム。感情に走りバランスを欠いていく妻を時に冷静に、時に寛容に支える夫役を好演している。

シーンによって子供の目の高さになったり大人の目線のようになったりとカメラポジションが変化する独特のカメラワークも、この映画の大きな特徴だ。それぞれ登場人物の感情に寄り添って浮遊しているようにも思えるが、一家と同じように里子と暮らした監督が少年時代に戻ったり、現在の立場になったりしながら、アンナや家族とともにかつての日々を追体験しているようにも感じられる。

ところで、アンナと同じ立場を経験した監督の母は初めて里親になった時、「この子を愛しなさい、でも愛し過ぎないように」とアドバイスされたという。だがそんなことはできるはずがなく、最初の里子と別れた後、2度と里子を迎えることはなかったという。

では里親を続けている人は、本当に里子を「愛し過ぎなかった」のだろうか。そんなことはないだろう。実子でも里子でも、子どもをいくら愛しても愛し過ぎるということはないはずだ。ただ、里親が期限付きや条件付きの親であることは間違いない。それを忘れず精一杯に愛することの難しさも、この映画は描いている。

本作の原題『La vraie famille』は“本物の家族”という意味だ。シモンにとっての家族はエディなのか、1640日一緒に暮らしたアンナ一家なのか、それとも──。家族とはどんな人のことなのかを、改めて考えさせられる作品だ。

〈作品情報〉
タイトル:『1640日の家族』
公開表記:絶賛公開中
©︎ 2021 Deuxième Ligne Films – Petit Film All rights reserved.

監督・脚本:ファビアン・ゴルジュアール 出演:メラニー・ティエリー、リエ・サレム、フェリックス・モアティ、ガブリエル・パヴィ

2021年/フランス/仏語/102分/1.85ビスタ/5.1ch/原題:La vraie famille/英題: The Family/日本語字幕:横井和子 配給:ロングライド

公式サイト:https://longride.jp/family/