子どもも大人も、多様な関係性のなかで育ちあう映画レビュー『セイント・フランシス』

 ©2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED
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6歳の少女と34歳の女性を取り巻く人々の、等身大だからこそ魅力的な、生き生きとした成長物語。生理や産後うつ、中絶といった「確かにあるのに大声で語られてこなかったイシュー」を、ユーモアとテンポのよさで描き切った痛快作『セイント・フランシス』を紹介します。(文/高橋ライチ)

世間からの期待のもとで

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34歳のブリジットは、大学中退後、レストランの給仕として働いている。パーティーに出掛けても年齢や仕事をきかれるたびに、自分の状況にうんざりしている様子。自分を軽んじているので、仲良くなった青年ジェイスのことも、どこか軽んじている。両親からこれからのことを心配されているが、「私は大丈夫」と胸を張れるほど自分の人生に幸福感を感じられていない。

世間からのみえない期待に応えられていない自分を自覚しながら、なんの展望もなくただの「短期アルバイト」先として向かったナニー(子守り)の仕事を通じて、ブリジットに少しづつ変化が起き始める。

二人の母と身近な他者

ブリジットが子守りを担当する6歳のフランシスには、二人の母がいる。
ヒスパニックと黒人のカップルのあいだで、大切に尊重されながら誇り高く育ってきた彼女は、弟が生まれたことによる不満や戸惑いを隠さない。別段子ども好きでもなかったブリジットは、はじめフランシスの扱いに手を焼く。だが、物語が進むにつれ、「家族ではない身近な他者」の存在が、この家族全員にとって価値を持ち始める。

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同時に、ブリジットの人生にも、大きな変化の「もと」が与えられる。この相互性が素晴らしい。誰かが誰かに救われる・教わる、という一方向の話ではない。子どもが育つのと同時に、  大人たちも育てられている。

フランシスの二人の母は「立派な」人たちだ。敬虔なクリスチャンで、真面目で、正しくあろうとする。その家庭に現れた、いい加減で悪ふざけもアリの大人・ブリジットは、フランシスにとって欠けていた栄養素といえる。母親が控えさせたい甘いものを分け合い、小さないたずらの共犯者になる。成長過程にある等身大の大人の存在が、フランシスがこれから自分自身を見つめ、育てていくには必要なのだ。

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違う考えや立場の中で

母たちにとって、ナニーの導入は自分たちの手の届かないところを、他者に委ねるトレーニングでもある。いつでも正しく強くはいられない。子どもは家族だけでは育たない。ふたりの母も、悩み、葛藤し、時に喧嘩しながら生きている。社会の中で差別にあい、違った価値観とぶつかるけれども、それを受け止め、共生しようとする姿勢を貫く。傷つき、悲しみながらも勇敢に。

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授乳は公共の場ですべきでない?中絶はすべきでない?

意見が分かれるとき、どうあることができるのか、どうあろうとするのかをそれぞれの人が見せていく。そして「実際に自分がどう感じているのか」を誰かに変えさせられる必要はない。ブリジットにとっては中絶は悲劇でも人道的な話でもなく、かといって些細なことでもない。いわば「生理的なダメージ」であり、回復するものでもある。世間から押し付けられるスティグマなんて断固拒否、という姿勢に勇気づけられる。

そもそも、母親が二人という、これまでなら注釈つきで紹介されそうな家族のかたちに、なんの説明も特別さも表現されず、ただのひとつの家庭として描かれていることにも、この映画の一貫性が現れている。どうあろうとするかを、私たちは選べるのだ。

そのままでそこに居ていいし、成長する希望もある

中絶の当事者の一人であるジェイスがまた、彼らしく誠意をもって、そこに居てくれる。平気なふりも頼れる風も装わず、自分自身の傷つきや戸惑いをそのまま表現する在り方には、新しくあたたかい存在感がある。そんなジェイスをブリジットは「ミレニアル世代は感情の話ばかりしたがる」と揶揄して苛立ったり「身体を張るのはこっちだけ!」とやり場のない怒りを表現したりする。この正直な人たちがどんどん愛おしくなってくる。

そうそう、ギターの先生のマイペースなろくでなしぶりにも、腹が立つより笑ってしまう。そんな男にまんまと引っかかるブリジットも含め、誰もが未熟さとかわいらしさをもってそこに居ていい、と終始、ダメさを承認されるような気持ちになった。

夏が終わると、ナニーの仕事は終わり、フランシスとブリジットはそれぞれの場所に戻っていくが、出会いは、なかったことにはならない。ラストシーン、フランシスからの思いがけない約束に、新しい季節の爽やかな風が吹き抜ける気がした。この希望の風をぜひ感じてほしい。

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〈作品情報〉
『セイント・フランシス』
8月19(金)ヒューマントラストシネマ有楽町,新宿武蔵野館,シネクイントほか全国ロードショー

監督:アレックス・トンプソン 脚本:ケリー・オサリヴァン
出演:ケリー・オサリヴァン、ラモーナ・エディス・ウィリアムズ、チャーリン・アルヴァレス、マックス・リプシッツ、リリー・モジェク
2019年/アメリカ映画/英語/101分/ビスタサイズ/5.1chデジタル/カラー 字幕翻訳:山田龍

配給:ハーク 配給協力:FLICKK
(C) 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED
公式HP:www.hark3.com/frances/