“みんな”と違う少女の、世界に向けた「応答せよ」映画の中の子ども・家族 Vol.19『こちらあみ子』 文/水谷美紀

©️2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ
©️2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

思ったままを口にし、心のままに行動する小学5年生のあみ子と、そんな彼女を優しく受け容れて暮らす家族。ところがある出来事をきっかけに、関係が変化して──。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.19は、今村夏子のベストセラー小説を映画化した『こちらあみ子』を紹介します。

今村夏子の衝撃デビュー作を映画化

©️2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

人と人とは、互いを理解することで関係を深めていく。そこには当然、個性や違いを許容することも含まれる。だがそれは容易なことではない。特に、自分と感じ方がまるで違う相手を受け容れ、愛し、寄り添って生きるのは難しく、愛情があるから・家族だからといって、簡単にできることでもない。

芥川賞作家・今村夏子の小説には、登場人物の意表をついた言動によって、読者それぞれの他人を見る目や価値観、常識の範囲を揺さぶられる作品が多い。中でも本作の原作となったデビュー作『こちらあみ子』(ちくま文庫)は、他者に対するキャパシティや、綺麗事ではない家族の関係について考えさせられる作品だ。映画は、あみ子そのものといえる新人女優・大沢一菜を得たことで、小説のもつ圧倒的な力やユーモラスな持ち味を保ちつつ、みずみずしい作品として映像化することに成功している。

優しかった家族に訪れた変化

©️2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

広島県で父、身重の継母、兄と暮らすあみ子は、周囲から「変な子」といわれている小学5年生。他の子と同じように生活できず、自分の興味のままに話し、行動しており、学校にもきちんと通えていない。あみ子の言動は自由奔放でのびやかだが、それは時に人を苛立たせ、嫌われる原因になる。そのため、本人は無自覚だが、当然学校でも孤立している。同級生であるのり君のことが大好きでつけ回すが、のり君は迷惑している。もちろんそのことにも、あみ子は気づかない。

そんなあみ子の特性を家族は理解し、優しく受け容れており、4人の暮らしは上手くいっていた。ところが人の感情を想像できないあみ子がとった思わぬ行動が、穏やかだった家族のバランスを崩してしまう。

あみ子に応答する人は?

©️2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

他人への忖度や、嫌われないための計算ができないあみ子は、多くの人にとって許容しづらい存在だ。あみ子の純粋無垢で、それゆえに配慮のない言動に周囲は戸惑い、時に傷つき、怒り、やがて彼女から遠ざかっていく。そんな人々の行動や心理は、多くの観客にとって大なり小なり心当たりのあるものだろう(もちろん「自分はあみ子だ・だった」と感じる人もいるはずだ)。

だが反対に、あみ子の目線になって世界を見てみると、無神経で突飛に思えていたあみ子の言動や感情には彼女なりの筋道があることも理解できる。それだけに、あみ子が真剣に「(自分の)どこが気持ち悪いんじゃろう」と尋ねたり、ひとり祖母と暮らすことになった状況を淡々と受け止めている姿は切ない。あみ子の思考を汲み取れたり、余裕のある対話をしてくれる人が増えれば、あみ子にも居場所ができるだろうし、幼馴染の少年が言った「自由の象徴」のようにあみ子を認めてくれる世界と出会えるかもしれない。

あみ子が大切にしているのは、何年も前に買ってもらったトランシーバーの片割れだ。もうひとつはどこかに行ってしまったので、玩具として機能していない。それでもあみ子はトランシーバーに向かって呼びかける。「応答せよ、こちらあみ子」。今はまだ誰ともうまく繋がれていないあみ子だが、その声にはまっすぐな力強さがある。

〈作品情報〉
『こちらあみ子』
製作年:2022年
104min/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch
出演:大沢一菜 井浦 新 尾野真千子ほか
監督・脚本:森井勇佑
原作:今村夏子(「こちらあみ子」ちくま文庫)
音楽:青葉市子
製作プロダクション:ハーベストフィルム エイゾーラボ
配給:アークエンタテインメント
©️2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ
公式https://kochira-amiko.com