少年と伯父の愛しき日々を描いた話題のロードムービー映画の中の子ども・家族 Vol.17『カモン カモン』 文/水谷美紀

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妹に頼まれた、9歳の甥とのふたり暮らし。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』Vol.17は、子育て経験のない男性と甥との交流を通して、気持ちを言葉にすることの大切さや、人との関わりから得られる発見や喜び、希望の力を伝える話題の映画『カモンカモン』を紹介します。

言葉にすること、寄り添うこと

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『ジョーカー』で狂気に堕ちた男を演じ、強烈な存在感を放ったホアキン・フェニックス。彼が次の出演作に選んだのは、アカデミー賞の常連であるA24製作、『人生はビギナーズ』や『20 センチュリー・ウーマン』など家族を題材にしたヒット作で知られるマイク・ミルズ監督の最新作『カモン カモン』だ。本作でホアキンは、これまで多かったエキセントリックな役柄とはまるで違う、子育てに格闘するごく普通の中年男ジョニーを演じている。

物語は一本の電話から始まる。アメリカ中をまわって少年少女のインタビューをおこなっているラジオジャーナリストのジョニー(ホアキン・フェニックス)は、1年前に母親が死んでから疎遠になっていた妹ヴィヴ(ギャビー・ホフマン)に頼まれ、彼女が別居中の夫に会いにいっている間、9歳の息子ジェシー(ウディ・ノーマン)と二人きりで暮らすことになる。

ヴィヴから「風変わりだけど賢い」と聞いていたジェシーは、言い換えれば「賢いけど風変わり」な少年で、ジョニーはジェシーの想定外な言動に振り回され、馴れない育児の厳しさに直面する。独身で気ままに暮らして来たジョニーにとって、ジェシーとの生活は戸惑いと忍耐の連続だが、その一方で、大人だけの世界では得られない新鮮な発見や思わぬ喜びを体験することになる。ジェシーも、ジョニーとの間に信頼関係が生まれたことで、ひとりで抱え込んでいたさまざまな感情や不安を言葉にして伝えられるようになっていく。

父である監督の温かい視線

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ふたりはロサンゼルスからニューヨーク、ニューオーリンズと旅する間に少しずつ打ち解け、時には仲の良い親子のように、またある時には年の離れたバディのように繋がりを深めていく。「大人と子ども」「保護者と被保護者」ではあるが、伯父という独特の距離感にあるジョニーには親が陥りがちな、子どもを上からねじ伏せようという意識はなく、二人の間には対等な関係性と、掛け替えのない存在に対する愛情が育っていく。そんな彼らのリアリティあるやり取りには、自身も父親である監督の実体験が色濃く反映されているという。

ところで、伯父(叔父)と子どもが登場する印象的な映画には、『地下鉄のザジ』や『ぼくの伯父さん』など時代を超えて愛され続けている作品も多い。伯父と甥ではなく父子だが、『クレイマー、クレイマー』も妻の出奔後、息子と二人暮らしになった男が馴れない子育てに悪戦苦闘する姿が印象的な作品だ。また、血のつながりはないものの、恋人の娘である9歳の少女とペテン師が旅する『ペーパームーン』や、作家が空港で出会った少女と祖母探しの旅をする『都会のアリス』も、大人と子どものペアが旅するロードムービーの傑作として熱烈なファンが多い。本作もこれらに続き、後々まで繰り返し観られる愛しい作品になるだろう(ちなみにミルズ監督は『都会のアリス』にインスパイアされたと語っている)。

「先へ 先へ(C’mon C’mon)」と歩き続ける

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前述した名作の数々に共通しているのは子役の素晴らしさだが、その点においても本作はまったく引けをとっていない。オーディションで選ばれたジェシー役のウディ・ノーマンの演技力と魅力は、ぜひ劇場で確かめてもらいたい。イギリス人ながらアメリカ英語を完璧に話して役作りをし、監督からもホアキンからも絶賛されたウディは、ティモシー・シャラメに憧れているという2009年生まれの新星だ。子役といえば、ホアキン・フェニックスだけでなくヴィヴ役のギャビー・ホフマンも『フィールド・オブ・ドリームス』で主人公の娘役を演じ、一気に注目を集めた元子役の俳優だ。ウディもこの二人の先輩のように、素晴らしい俳優として息長く活躍していくかもしれない。

本作を魅力的な作品にしているもうひとつの重要な要素は、ドキュメンタリーの部分だ。インタビューに答える子ども達のシーンに台本はなく、ジョニーが投げた質問に対し、子ども達はセリフではなく自分の考えを正直に語っている。子ども達の家庭環境は様々で、なかには決して幸せとはいえない子もいるが、どの子も意外なほど前向きで、深く考えられた真摯な言葉の数々にハッと胸をつかれたような感覚になる人も多いだろう。我々大人はつい現状を憂い、過去を懐かしみ、未来を悲観しがちだが、成長途中にある彼らの目は、常に希望をもって今より先に向けられている。

『先へ 先へ(C’mon C’mon)』 という意味であるこの映画のタイトルは、未来に向かって歩いていく子どもの姿を表した言葉であると同時に、我々大人に向けたメッセージでもあるのだろう。

〈作品情報〉

『カモン カモン』
4月22日(金)より
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督・脚本:マイク・ミルズ『人生はビギナーズ』『20 センチュリー・ウーマン』
出演:ホアキン・フェニックス、ウディ・ノーマン、ギャビー・ホフマン
モリー・ウェブスター、ジャブーキー・ヤング=ホワイト
音楽:アーロン・デスナー、ブライス・デスナー(ザ・ナショナル)
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
2021年/アメリカ/108 分/ビスタ/5.1ch/モノクロ/原題:C’MON C’MON /日本語字幕:松浦美奈
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