目標を見つけたヤングケアラーの物語映画の中の子ども・家族 Vol.16『オートクチュール』文/水谷美紀

© 2019 - LES FILMS DU 24 - LES PRODUCTIONS DU RENARD - LES PRODUCTIONS JOUROR
© 2019 - LES FILMS DU 24 - LES PRODUCTIONS DU RENARD - LES PRODUCTIONS JOUROR

オートクチュールに生涯を捧げた孤独な女性と、パリ郊外の団地で暮らすヤングケアラーが出会い、互いの人生が動き出す。ディオールの専属クチュリエールが衣装監修していることでも話題の作品だが、主に描かれるのはお針子たちが働くアトリエ。これはファッションの映画というより、運命のいたずらによって閉塞していた日々に変化が訪れるふたりの女性の物語だ。

「ディオールのお針子」との出会い

パリ郊外の団地に暮らすジャド(リナ・クードリ)は、鬱病を患ってほぼ寝たきりの母親の世話をして暮らす移民二世。素行は悪く、将来に希望や夢を抱けず、職にも就いていない。

一方、パリ8区に本店を構えるクリスチャン・ディオールで働くエステル(ナタリー・パイ)は、オートクチュール部門の最高責任者だ。トップメゾンをお針子として長年支えてきた誇り高きスペシャリストだが、年齢を理由に引退を告げられており、寂しさと憤懣のなか、最後のコレクションを迎えようとしている。自分にも他人にも厳しく、成人した娘とは疎遠になっている。

そんな二人がバッグのひったくり犯とその被害者として知り合う。本来なら交流など生まれるはずもない最悪の出会いだが、ジャドにお針子としての才能の片鱗を見たエステルは、彼女を見習いとしてアトリエに招き入れる——。

© 2019 – LES FILMS DU 24 – LES PRODUCTIONS DU RENARD – LES PRODUCTIONS JOUROR

格差社会の「パリ郊外の団地」を描く

フランス映画には昔からバンリュー(パリ郊外)の低所得者向け団地であるHLM(Habitation à loyer modéré)を舞台にした映画が数多く作られており、一種のジャンルと見做す向きもある。代表的な作品にマシュー・カソヴィッツ『憎しみ』(’95)が挙げられるが、ほかにも『アデル、ブルーは熱い色』で知られるアブデラティフ・ケシシュ監督のセザール賞4部門受賞作『身をかわして』(’04)や、第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した『レ・ミゼラブル』(’19)など秀作も多い。本作の前にリナ・クードリが出演した『ガガーリン』(’21)も、やはり60年代に建てられ、2019年に解体されたガガーリン団地が舞台だった。

HLMの住人には移民や生活困窮者も多く、貧困や差別も問題になっている。富裕層が多く住むパリ中心部とは別世界だが、それだけにHMLを舞台にした映画によって、我々国外の人間は普段なかなか知ることのできないフランスの市井の人々のリアルな生活や家族観、リテラシーや文化の違いなどを垣間見ることができる。本作もそんな「パリ郊外の団地もの」の一作といえる。

© 2019 – LES FILMS DU 24 – LES PRODUCTIONS DU RENARD – LES PRODUCTIONS JOUROR

新星リナ・クードリの瑞々しい魅力

編集の問題か、ふたりの出会いからジャドがアトリエで働くまでの展開がやや性急に感じるが、「親ガチャ」という言葉が流行し、貧困の連鎖が問題視されている現在、負の連鎖から脱するチャンスを手に入れたジャドの物語は「誰にでも起こりうる奇跡」として素直に喜びたくなる。実際この作品には、チュニジアからの移民で、やはりパリ郊外の団地暮らしから脱して広告業界で成功した監督自身の実体験も投影されているという。また、孤独だったエステルがジャドとの出会いによって変わって行く様子にも、安堵と希望の気持ちが湧いてくる。

華やかなドレスの登場こそ少ないものの、アトリエでシーチング(仮縫い用の布)を縫うシーンやフィッティングのシーン、ジャドが伝説の「バージャケット」を着るシーンなど、ディオールファンや服飾好きにはたまらない要素もちゃんと用意されている。何より『パピチャ 未来へのランウェイ』(’19 )でファッションデザイナーを目指すアルジェリアの大学生を演じて“世界に発見された”リナ・クードリが、今度はオートクチュールのお針子役を演じている点が楽しい。

リナ・クードリは本作や前述した『ガガーリン』のほか、ウェス・アンダーソン監督の新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(’21)にも出演するなど、今まさにシンデレラストーリーを駆け上がっている注目の新星だ。ブレイク直前である彼女のフレッシュな魅力も本作の大きな目玉になっている。

© 2019 – LES FILMS DU 24 – LES PRODUCTIONS DU RENARD – LES PRODUCTIONS JOUROR

〈作品情報〉
『オートクチュール 』
絶賛公開中
監督:シルヴィー・オハヨン
出演:ナタリー・バイ、リナ・クードリ、パスカル・アルビロ、クロード・ペロン、ソマヤ・ボークム、アダム・ベッサ、クロチルド・クロほか
2021年製作/100分/G/フランス
原題:Haute Couture
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公式サイト https://hautecouture-movie.com