家族の、次章が始まるとき映画レビュー『コーダ あいのうた』 文/高橋ライチ

🄫2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
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さまざまな家族のかたちを応援する、映画好きカウンセラーの高橋ライチです。今回は、17歳の少女・ルビーと家族の物語から、自立について考えさせられました。
サンダンス映画祭史上最多となる観客賞・最高賞・監督賞・アンサンブルキャスト賞、全4冠を受賞し、サンダンス映画祭史上最高額<26億円>で落札され、アカデミー賞最有力候補とも言われる話題作『コーダあいのうた』。日本では2022年1月下旬に全国ロードショーが決定。公開に先駆けて、エンライト的見どころをご紹介します。

家族の中でも、学校の中でも違っている私

家族の中で、自分だけが違っている。そんな風に感じたことはあるだろうか。

4人家族の中でただひとり、耳が聞こえるルビー(17)は、家族と社会とのパイプ役として、幼いころから通訳を担っていた。

まちの中で、派手な身振りで会話する、うちの家族だけが目立っている。
学校に迎えにきた父は、カーステレオの音量最大でラップ・ミュージックを「ケツに響かせ」ながら豪快にやってくる。同級生たちはジロジロ、クスクス、恥ずかしいったらない。しかしその家族のために、病院で通訳をしたり、ともに漁に出て獲れた魚を買いたたかれないように交渉したりと、重要な役割を果たしているルビー。

「聞こえない家族」の中の「聞こえる」少女という属性だけにはおさまらない普遍性が、この作品にはある。思春期に「自分と周り(家族・学校)とのあいだに感じる違和感、理解されなさ、疎外感」を感じたことのある人には、あちこちのシーンやセリフが響いてくるのではないか。

例えば「親が先生だけど自分は勉強が苦手」とか、顔が美形かどうかとか、スポーツの出来不出来、などのさまざまな劣等感もそうだ。

手厚い庇護のもとで育ったであろう同級生たちとは分ちあえない、ヤングケアラーとしての日々を経験した人は、ルビーが置かれてきた環境のハードさと、家族を支える誇りの両方に共感するだろう。
あるいは、ステップファミリーや里子や養子縁組などにまつわる、「似ている・いない」「血のつながり」「先に居た子ども」との心理的距離なども、この作品に重ねて観ることができる。

ルビーは音楽が好きだが、その趣味は「聞こえない家族」の中では理解されない。

むしろいやな顔をされる。それは自分にはわからない世界に興味を持ちだした娘への、母の依存心のあらわれだったりもする。この子を頼りにしていたい。同時に保護下におきたい。未知の苦労をさせたくない。

ルビーにも葛藤がある。家族はウザいけれど愛している。私がいなかったらこの人たちどうなるの?自分の夢に挑戦したいけど、怖い気持ちもある。

自分の力を信じて外へ踏み出すのか、「役に立つ娘」としてここにとどまるのか。

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子の自立とともに促される、家族全体の自立

残される家族の中にも旅立とうとするルビーの中にも不安がよぎるが、パイプ役がいなくなるからこそ開かれる可能性を、この映画は見せてくれる。

一家はとても仲が良く、明るく、チャーミングな人たちだ。
元モデルの美しく華やかな母。代々続く漁師の仕事に誇りを持つ、家族想いの父。夫婦は、思春期のルビーが辟易するほどに仲がいい。兄レオとルビーは、手話で軽やかに悪態をつき合う。観ているこちらも笑みがこぼれるような、ユーモアあふれるやりとりが交わされる。

しかし、彼らは家族以外とのつながりは希薄だった。外界との通訳をしてくれるルビーがいるがために、ほかの人の力を借りる機会が少なくて済んでしまっていたのだ。しかも、漁を続けていくために、組合を立ち上げようというタイミングと、ルビーの進学が重なってしまった。
ここではライバルでもある、兄・レオの関わりが重要だ。ぶっきらぼうなセリフ(手話)の中に、妹に対する反発と応援が混在していてグッとくる。手話という身体表現の力を、こちらも身体で受け取る。

映画のタイトルになっている<CODA(コーダ)>とは、Children of Deaf Adults= “耳の聴こえない両親に育てられた子ども”のことである。同時に、音楽用語としては、楽曲や楽章の締めを表す=新たな章の始まりの意味もある。

ルビーの未来が開かれていくのと同時に、それを見守り応援する家族全体が、新たな未来へと開かれていくさまに、大きな希望がある。

影響を与えあう、他者の存在

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たまたまルビーには才能があったからいいよね、という単なる特別な少女の成功物語ではないことも強調したい。どんな人も、身近な人に影響され、影響を与えて変化していくことが描かれている。

ルビーと同級生マイルズとのほのかな恋と友情は、この映画のもうひとつの美しい旋律となっている。

自分の家族を愛しながらも、外と比べて引け目を感じてきたルビーに、不仲な両親のもとで暮らすマイルズの正直な羨望の言葉は、あらためて家族をとらえ直すきっかけを与える。
成長には、これまでと違う他者の存在が必要だ。そしてこれまで育まれてきた環境の中では、今度は健全な境界を引くことが必要になってくる。いつもいつも家族のためだけに居られるわけではない、と家族の中でお互いが気づき始める。

安全地帯だった家族が、変化のときに束縛や足かせにならないように、「次の章」へと移る記号を見逃してはならない。

「聞こえない家族」が、ルビーの才能を理解し応援するようになるきっかけも、他者からもたらされる。自分たち以外の、大勢の観衆の存在によって、家族はルビーの歌を初めて受け取ることができる。

その瞬間を、私たち映画の観客も、突如彼らの世界に招かれて立ち会う感覚になるシーンがある。息を呑んで引き込まれた。

そして、これまでの家族の歴史と、これから広がる未来とを分断するのではなく、見事な橋を架ける、そんな歌をルビーは私たちにも贈ってくれた。

子どもの自立が近づいてきた家族、次の一歩を踏み出す勇気が欲しい人、そして、自分と周りとの間に違和感や疎外感を抱いてきた人に、ぜひ劇場に足を運んでほしい。あなたの次章を、みつけるために。

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〈作品情報〉
『コーダ あいのうた』
2022年1月下旬TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本:シアン・ヘダー
出演:エミリア・ジョーンズ「ロック&キー」、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ『シング・ストリート』、マーリー・マトリン『愛は静けさの中に』
原題:CODA|2021年|アメリカ|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|112分|字幕翻訳:古田由紀子|PG12

配給:ギャガ GAGA★
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公式HP:gaga.ne.jp/coda