「女の子として生きたい」。7歳のサシャと 家族の闘いを追った必見のドキュメンタリー映画の中の子ども・家族Vol.15『リトル・ガール』文/水谷美紀

©AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020
©AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020

当たり前の自分を否定されたら。本当の自分で生きるなと言われたら。そしてそんな試練に愛しい我が子が直面したら……。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』vol.15は、性別違和を訴える7歳の少女サシャと、彼女が望む性別で生きられるように団結して闘う家族をとらえたドキュメンタリー『リトル・ガール』を紹介します。

可愛い娘の幸せは、家族が団結して守る

生まれた時に割り当てられた性別と性自認(ジェンダーアイデンティティ)が異なる「性別違和」(ジェンダーディスフォリア)は、人によっては思春期より前、わずか2、3歳からすでに自覚している人も少なくないという。

この映画の主人公である7歳のサシャも出生時に割り当てられた性別は男性だったが、物心ついた時からすでに「自分は女の子だ」と自覚し、女の子として生きられないことに悩み、苦しみながら生きている。

両親に愛され、きょうだいに囲まれて暮らすサシャは本来、無邪気な笑顔で毎日を過ごす幸せな子どもであってもおかしくない。ところが映画に登場する彼女の様子には常に怯えがあり、母親に心配をかけまいと言葉を選び、自分が傷つけられている事実を話そうとしない。時おり見せる悲しみや憂いの表情は、幼い子と思えぬほど深い孤独と苦しみをたたえている。その様子はすでに彼女が十分、傷ついてきたことを物語っている。

©AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020

サシャを女の子だと認めない学校

サシャの学校生活はうまくいっておらず、しかもまったく解決の兆しが見えない。サシャと家族が望むことは「サシャを女の子として扱ってほしい」こと、その一点だけだ。だがその必死の願いを学校は頑なに認めない。そもそも教師がサシャが女の子として暮らすことを受け入れていないため、子どもにもその空気は伝播している。中にはサシャを受け入れている友人もいるが、数は多くはない。

取材拒否のため、小学校での様子は映っていないが、サシャが日々、学校でどのような生活を送っているかは想像に難くない。代わりに包み隠さず撮影されたバレエ教室での様子からサシャの日常をうかがい知ることができる。

バレエ教室でもサシャは女の子として認められておらず、ただひとり男の子の衣装を与えられ、男の子の踊りをさせられている。他の少女が愛らしい衣装をつけ髪を結い上げているなか、激しく訴えることもせず、寂しげに佇む姿は印象的だ。そんなサシャの様子から、何度も訴えたものの拒否され却下されてきた果ての諦観が透けて見える。

©AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020

「わたしが原因では」と自分を責める母親

ただサシャの家族は簡単に引き下がったりしない。両親だけでなく姉・兄・弟を含めた一家全員が彼女を丸ごと受け入れ、温かく見守るだけでなく、団結して学校や社会と闘うのだ。特に母親カリーヌの懸命な姿には心がつかまれる。

当初は性別違和に関する知識がないため、妊娠中に女の子を願ったからではないか、原因は自分にあるんじゃないかと悩んでいると医師に吐露するシーンは、カリーヌがこれまでどれだけ自分を責め、苦しみながら答えを探してきたかが痛いほど伝わる。だがそんなことでは性別違和は起こらないと、ようやく出会えたパリの小児精神科医は告げる。医師はサシャに適切な指導や治療をするだけでなく、ずっと孤独な道を走ってきた母カリーヌの精神的な支えにもなっていく。この医師(監督が紹介したという)との出会いによって、サシャと一家の運命は少しずつ好転していく。最後、カリーヌと一家の努力が実り、サシャは学校生活においてささやかな(当然の)権利を獲得する。

©AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020

観ること、知ることで、未来は変わる。

サシャはたまたま家族が理解を示し、味方になってくれたが、性別違和を抱える人の中には家族の理解が得られず、または告白すらできず、さらなる悩みを抱える人も多い。そういった人々に比べるとサシャは幸運だといえるが、そんなサシャであってもこれまでの道のりは険しく、これからもさまざまな困難が待ち受けているかもしれない。

だがそうならないために、いや、社会全体でそうさせないために、このような映画の制作を家族は決意したのだろう。ひとりでも多くの人が性別違和に関する知識を得て、学ぶことができれば、本来抱える必要のない多くの悲しみや苦しみがなくなり、すべての人に「自分が自分として生きる」当たり前の自由がもたらされる。

傷ついた少女と一家を追うという難しい撮影を成功させたセバスチャン・リフシッツ監督の繊細な感性と思慮深い姿勢には、そんな世界を強く望む静かだが熱い想いが込められている。

©AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020

〈作品情報〉
『リトル・ガール』
現在大ヒット公開中

監督:セバスチャン・リフシッツ
2020 年/カラー/フランス/フランス語/85 分/原題:Petite fille/英題:Little Girl/ 字幕翻訳:橋本裕充/字幕協力:東京国際映画祭/配給・宣伝:サンリスフィルム/ ©AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020

公式サイト https://senlisfilms.jp/littlegirl

公式 Twitter @petitefille_jp
公式 Instagram @senlisfilms
公式 Facebook @senlisfilms