男の子として暮らしたひと夏映画の中の子ども・家族 Vol.14『トムボーイ』文/水谷美紀

© Hold-Up Films & Productions/ Lilies Films / Arte France Cinéma 2011
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世界中で大ヒットとなった『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督が2011年に製作した長編2作目の作品が、10年を経てついに日本でも劇場公開。ライター水谷美紀による『映画の中の子ども・家族』vol.14は、引っ越した先で間違えられたのをきっかけに、男の子として過ごそうとする主人公のひと夏を描いた『トムボーイ』を紹介します。

新しい土地で、男の子になりすます

伯爵令嬢と女性画家の運命的な出会いを描いた『燃ゆる女の肖像』で多くの映画ファンの心を鷲掴みにしたセリーヌ・シアマ監督。この作品では最初、画家は素性を偽り、令嬢との距離を縮めていった。今回日本で初公開となる監督にとって長編2作目の『トムボーイ 』(2011)も、とっさについた嘘から始まる物語だ。ただし舞台は現代、ヒロインは10歳、偽ったのは性別。

引っ越した先で出会った少女リザに男の子だと間違えられたロールは、とっさに自分をミカエルだと名乗り、男の子になりすますことに成功する。町の少年たちもミカエルの性別を疑う者はおらず、新しい仲間として自然に受け入れる。こうして家族の前ではロールとして、外ではミカエルとして暮らす二重生活が始まった。

短髪で普段から男の子のような服装を好んでいたロールにとって、それは多少の緊張をはらみながらも愉快な挑戦だった。だがやがてリザのなかにミカエルに対する淡い恋心が芽生え、ほんの出来心で始めたロール/ミカエルの生活は少しずつ複雑になっていく。夏休みは終盤に近づき、ミカエルではいられない新学期が近づいてきた……。

監督は『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ

本作は2019年のカンヌ映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督の長編2作目。2011年のベルリン国際映画祭でテディ賞審査員特別賞を受賞、フランスでは当時30万人を動員するヒットを記録した作品だ。

10年後の今年、日本での公開に先駆け韓国でも昨年上映されたそうだが、やはりランキング上位を記録したという。わずか20日間で撮影された低予算の映画にも関わらず、当時から卓抜していたシアマ監督の繊細さと強さを両立させた嘘のない演出と、ロール役を演じたゾエ・エランの得難い存在感によって、小さな宝石のような作品に仕上がっている。

ロール以外の小さな登場人物たちもみな魅力的だ。ミカエルになりすましたロールに熱い目を向け始めるリザ、大好きな姉のために秘密を共有するおしゃまな妹ジャンヌもそれぞれ個性的で愛おしい。子ども同士で遊ぶシーンが自然でドキュメンタリーのようなのは、友人役の少年たちがみんなゾエの実際の友達だからなのだという。余計なセリフもなく、狙った演出を抑え、子ども主体で撮影を進めた様子は作品全体を包むのびやかな空気になって現れている。

© Hold-Up Films & Productions/ Lilies Films / Arte France Cinéma 2011

ジェンダーの行き来、嘘が生んだ初恋

また、ロールとジャンヌを温かく見守る両親役も良い。身重の母役のソフィー・カッターニは映画的でないリアリティがあり、ふたりの娘を見守る父親の視線はどこまでも優しい(フランス映画ファンには嬉しい、ジャック・ドゥミの息子マチュー・ドゥミが演じている)。ロールの行動が特殊な家庭環境から生まれたものではないことを伝える意味でも、役者の力量を含め両親の存在は大きい。

家では長女然としてふるまうロールが外では男の子になりきって上半身裸でサッカーをしたり、細工をした(!)海パン1枚で泳いだりとジェンダーを自由に行き来し、女の子だとバレないまま通ってしまう様子は、10歳という年齢と、転校先の学校に入る前の、まだ誰にも素性を知られていない夏休みという限られたシチュエーションだからこそ可能なものだ。また、ロール役にぴったりであるゾエ自身の成長を考えても、この時にしか生まれなかった作品であることは明白だ。二度と撮れない奇跡の時間を見事に切り取り、みずみずしい作品として後世に残した、シアマ監督の初期名作である。

© Hold-Up Films & Productions/ Lilies Films / Arte France Cinéma 2011

 

 

〈作品情報〉
『トムボーイ』
9月17日(金)より新宿シネマカリテ他にて公開
2011/フランス/カラー/フランス語/82分  原題:Tomboy
監督:セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』
出演:ゾエ・エラン、マロン・レヴァナ、ジャンヌ・ディソン
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ東京/ユニフランス
配給:ファインフィルムズ
映倫:PG12
http://www.finefilms.co.jp/tomboy/
© Hold-Up Films & Productions/ Lilies Films / Arte France Cinéma 2011

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