宇宙飛行士の母と娘の愛映画の中の子ども・家族 vol.12『約束の宇宙(そら)』 文/水谷美紀

©︎Carole BETHUEL CDHARAMSALA & DARIUS FILMS
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家庭と仕事の両立は多くの人にとって大きな課題だが、それは特別な人間だと思われがちな宇宙飛行士であっても変わらない。今回取り上げる『約束の宇宙(そら)』は、これまで数多く作られてきた宇宙飛行士の映画とは一線を画す、親と子の関係に焦点を当てた作品です。

 

子育てしながら宇宙を目ざす

海外の映画作品で初めてJAXA(日本宇宙開発機構)が後援し、坂本龍一が音楽を担当したことでも話題の映画『約束の宇宙(そら)』。監督は幼くして嫁がされる運命に抗うトルコ人の姉妹を描いた『裸足の季節』(2016)の共同脚本で高い評価を得たアリス・ウィノクール。本作の脚本も監督のオリジナルだが、坂本は脚本を読んで感銘を受け、依頼を快諾したという。

撮影はESA(欧州宇宙開発機構)全面協力のもと、ドイツ、ロシア、カザフスタンにある実際の宇宙関連施設で行われており、主人公である宇宙飛行士たちが受ける訓練も本物のプログラムに即している。

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このように圧倒的なリアリティを担保したうえでこの作品が徹底して描いているのは、壮大な宇宙へのロマンでも優秀な宇宙飛行士の偉業でもない。自分の夢のために大切な娘と別々の生活を送ることになった宇宙飛行士の葛藤と、子に対する溢れるほどの愛情だ。

幼い頃から宇宙飛行士になることをめざして努力を重ねてきたサラ(エヴァ・グリーン)は、ついに念願かなって『プロキシマ』と呼ばれるミッションのクルーに抜擢される。だが彼女には手放しで喜べない事情があった。宇宙に旅立つということは可愛い盛りである7歳の娘ステラ(セリー・ブーラン・レメル)と約1年のあいだ離れ離れの生活を余儀なくされることであり、最悪二度と会えなくなる可能性もある。この日からサラは宇宙飛行士としての重圧だけでなく、親としての不安や苦悩、何より愛するステラに会えない寂しさも抱えることになる。

サラとステラはずっとふたりで暮らしており、猫のライカとともに強い絆で結ばれている。そのため不在の間ステラを元夫トマス(ラース・アイディンガー)に預けることに対しても、サラの不安は募る。学習障害を抱えたステラの教育も含め、トマスのちょっとした物言いや育児に対する温度差にサラが苛立つシーンは「ああ、だからこの人と別れたんだった」という心の声まで聞こえてきそうだが、物理学者として火星や木星の研究をしているトマスが宇宙飛行士であるサラの理解者であることは間違いない。トマスは元妻の栄誉を心から喜び、ステラもトマスと暮らしながらサラの帰還を待つことを受け入れる。

過酷な訓練と、娘への想い

ロシアの訓練施設に到着し、さまざまな国籍の宇宙飛行士がいるチームに合流するサラ。だが今度はアメリカ人のベテラン宇宙飛行士マイク(マット・ディロン)の存在がサラを苛立たせる。

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若いフランス人女性であるサラを値踏みするような、時に差別的なマイクの言葉は、無意識に人を傷つけるマイクロアグレッションそのものだ。そんな彼の発言に影響され、サラはつい能力を示そうと必要以上に高負荷な訓練を自分に課し、無理してしまう。そんな風に、出会いは最悪だったサラとマイクだが、長い訓練生活をともに過ごすうちに少しずつ互いを認め合い、やがてフォローし合える仲間になっていく。

反面、心の支えであった愛娘ステラとの関係は、一緒にいられないことが感情のすれ違いを生み、時にもつれてしまう。ふだんは寂しさを我慢できていたステラも、訓練の都合で予定が変わったり、せっかく面会できてもサラを独占できない状況に不満を爆発させ、心ない言葉をサラに投げつけてしまう。

ステラにとってサラは宇宙飛行士である前に、たったひとりの母親だ。サラもそれが痛いほどわかっているだけに、ままならない状況に苦しむ。感情的になったサラが妻に子育てをまかせ切っているマイクに「あなたはいいわよ」と八つ当たりする姿は、仕事と家庭の両立に格闘する多くの女性と変わらない。そして仕事を言い訳にしたくないサラは宇宙に旅立つ直前、ステラと自分のため『ある行動』に出る。

親も飛行士も、完璧な人などいない

©︎Carole BETHUEL CDHARAMSALA & DARIUS FILMS

この作品は母娘の愛情を描くと同時に、優秀だが決して優等生とは言えないサラやマイクの姿を通して「人間は完璧ではない、完璧でなくていい」ということも伝えている。どれほど卓抜した能力があっても、完全無欠な人間などどこにもいない。だからこそ人は人を想い、求め、労わり助け合うことで生きていけるし、幸福にもなれる。家族や仲間、友との精神的な繋がりや信頼が、完璧ではない人類をこれまで数々の奇跡的な偉業へと導いたのだろう。

また、劇中で自分を追い詰めがちなサラに向かってマイクがかける言葉には、サラと同じく小さな娘の母である監督の想いと、女性に対するエールも盛り込まれている。

サラは幼い頃、母親に「女の子が宇宙飛行士になるなんて」と言って宇宙飛行士になる夢を反対された。それでも諦めなかった彼女は、見事に初志を貫徹させた。宇宙に旅立つ母の姿を見たステラが「女性だから、母親だから、宇宙飛行士になんてなれっこない」と考えることはあり得ない。ミッションの名前になっている『プロキシマ』は『次の』という意味だという。誰もがなりたい職業を自由に目ざせる。選択できる。そんな『次の時代』がいよいよ近づいてきたことも、この作品は教えてくれている。

©︎Carole BETHUEL CDHARAMSALA & DARIUS FILMS

〈作品情報〉
約束の宇宙(そら)
2021 年 4 月 16 日(金)、TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー!
配給:ツイン
コピーライト:©︎Carole BETHUEL CDHARAMSALA & DARIUS FILMS
監督&脚本:アリス・ウィンクール 『博士と私の危険な関係』(監督)、『裸足の季節』(脚本)
出演:エヴァ・グリーン 『007 カジノ・ロワイヤル』『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』『ドリーマーズ』 、マット・ディロン 『クラッシュ』『ドラッグストア・カウボーイ』『ハウス・ジャック・ビルト』 、ザンドラ・ヒュラー 『ありがとう、トニ・エルドマン』『希望の灯り』
音楽:坂本龍一
2019 年/フランス/107 分/フランス語・英語・ロシア語・ドイツ語 配給:ツイン 後援:JAXA 協力:Vixen
公式サイト:http://yakusokunosora.com/