体験してみよう。その美しい世界を、押し付けられる困難を映画レビュー『僕が跳びはねる理由』 文/高橋ライチ

©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

インド、イギリス、アメリカ、シエラレオネ…。世界各地で暮らす「自閉症」と呼ばれる人たちを映像で綴った画期的なドキュメンタリーを紹介します。

自閉症の子を育てるということ

エンライト編集部の映画好きカウンセラー、高橋ライチです。私は普段カウンセラーとして主に子育て期の女性のお話を聴いているのですが、悩みの中にはお子さんの発達障害にまつわるお話も多くあります。

お母さんがお子さんのことを理解しきれないということもあるし、親戚や学校や地域の中でじゅうぶんな理解やサポートを得られない、ということもあります。

この映画の原作となった、自閉症当事者による書籍『自閉症の僕が跳びはねる理由』( 東田直樹 著: エスコアール、 角川文庫、角川つばさ文庫 )は、出版されたときに気にはなっていたものの読めずにいたものでした。それを英訳したのがイギリスのベストセラー作家デイヴィッド・ミッチェルとその妻ケイコ・ヨシダ。彼らの息子は自閉症であり、この本に出会って対応に困り苦しんでいた息子のことを初めて理解できたことから、多くの人にこの本を届けるべく翻訳に取り組みました。果たして世界30か国以上でこの本が出版されベストセラーとなっています。この重要な橋渡しをしてくれた翻訳者夫妻も映像に登場します。
そしてその本に出会ったジェレミー・ディアとスティーヴィー・リーが本作のプロデューサーとなり、この映画が作られました。彼らの息子ジョスも本作に登場しています。

©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

子育てはそもそも手のかかる、根気のいる営みであると私は考えています。加えて、定型発達とは違う特性を持った子どもたちを養育するのはどれだけ大変なことでしょうか。
追い打ちをかけるように周囲の不理解、差別、迫害がある。そんな現実も映画では描かれています。

©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

聴かれてこなかった声

描かれているのは、現状の「ひどさ」だけではない点が、本当にこの映画の意義です。

会話のサポートツールを使って表現される当事者の言葉が、心の深い部分に刺さってきます。彼らは、私たちの方法では話さないだけで、感じ・考えていたことをこれまで「聴いてもらってこなかった」だけなのだ、という事実が証明されています。

考えていることが言葉にならないことは誰しも経験がありますよね。それを「考えていない」「意見がない」「意向を聴く必要はない」と片付けられていたらどうでしょう。頭が混乱したり気が散ったり、不安でいっぱいになることも、ありますよね。でも常にそのしんどい状態でのあなたをジャッジされていたら?
観ているうちに、もっと彼らが本当に安心して過ごしやすい環境で、表現する場があったらと思えてきました。もっと話を聴いてみたい。

正しいでも善いでもなく、「美しい」から近づいてみる

この映画が画期的なのは世界各地に生きる自閉症と呼ばれる人たちを、それぞれ違った個性や置かれた環境を、「当事者の表現」と「関わる人の談話」と「彼らの世界を映し出すカメラワーク」で描き切っている点が素晴らしいのです。一切の余分な説明や主張が入っていません。

「私たちのことを勝手に判断しないで、まずは体験してみて」と誘うかのようです。
どんなふうに世界が見えていて、どんなふうな脅威があって、どんなふうに友情を感じるのか。
誘われて行ってみたら、思いのほかその旅は美しく、刺激に満ちたものでした。

社会的養護下にある子どもたちが、現在の環境に混乱したり不安が大きかったりすることへの理解や共感にも助けになる映画だと思いました。同時に、「なんでも愛着の問題にされて療育等の必要なサポートが受けにくい」という声も耳にする昨今、とにかくみんなでこの映画を観てみて、お互いの感じたことを聴き合うということから何か始められないだろうか、と考えています。

本作を観て、このレビューを読んで、よかったら感想をいただけたら嬉しいです。

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〈作品紹介〉
僕が跳びはねる理由
4/2(金)角川シネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国順次公開
配給:KADOKAWA
【公式HP】https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/

監督:ジェリー・ロスウェル
プロデューサー:ジェレミー・ディア、スティーヴィー・リー、アル・モロー
原作:東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』

『自閉症の僕が跳びはねる理由』( 東田直樹 著: エスコアール、 角川文庫、角川つばさ文庫 )
翻訳原作:『The Reason I Jump』(翻訳:デイヴィッド・ミッチェル、ケイコ・ヨシダ)
原題:The Reason I Jump/2020年/イギリス/82分/シネスコ/5.1ch/
字幕翻訳:高内朝子/ 字幕監修:山登敬之/
配給:KADOKAWA
©2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute