アメリカに根を張る移民一家の物語映画の中の子ども・家族 vol.11『ミナリ』 文/水谷美紀

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名だたる映画賞を総なめにし、世界中で大熱狂を巻き起こしている映画『ミナリ』。成功を夢見てアメリカ南部にやって来た韓国系移民一家を描いた作品だが、日々を懸命に生きる両親と祖母、その背中を見て育つ子供の姿から、家族で生きることの強さと温かさが伝わってくる。

監督は『君の名は。』実写版にも抜擢

2020年のサンダンス映画祭でのグランプリと観客賞受賞を皮切りに、数多くの映画賞で受賞&エントリーされている『ミナリ』。さらに本年度のゴールデングローブ外国映画賞に、そしてアカデミー賞では6部門でノミネートされたことで大きな注目を集めている。監督は映画に登場する少年デビッドと同様、アメリカ生まれの韓国系移民二世であるリー・アイザック・チョン。新海誠監督の大ヒット映画『君の名は。』実写版の監督にも抜擢されている気鋭の監督だ。

デビッドの父ジェイコブ役を演じたのは、大ヒットTVシリーズ『ウォーキング・デッド』や『バーニング 劇場版』などで世界的に知られる韓国人俳優スティーブ・ユァン。本作の演技によってアジア系アメリカ人俳優で初めてアカデミー賞主演男優賞にノミネートされている。賞レースの話題がつい先行してしまうが、確かに多くの栄誉を獲得するのも納得できる見事な作品だ。

挑戦する父と、不安な母

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あくまでフィクションと言いつつ監督の自伝的な要素もかなり含まれている物語は、1980年代に一家がサンフランシスコからアメリカ南部のアーカンソー州に引っ越して来たところから始まる。

トレーラーハウスを新居にし、農業でひと旗あげようと夢を語る夫ジェイコブに対し、現実的な妻モニカ(ハン・イェリ)は不信と苛立ちを抱く。一方でしっかり者の娘アン(ネイル・ケイト・チョー)と心臓が弱い弟デビッド(アラン・キム)は、言い争いをする両親を気遣いつつ、子どもらしい柔軟さで新しい生活に順応していく。そこにモニカの母スンジャ(ユン・スジョン)も加わり、一家5人の新生活が始まる。

女手一つでモニカを育てたと思われるスンジャは文字が読めず、料理もできず、そして花札が大好きで毒舌という、デビッドいわく「おばあちゃんらしくない」おばあちゃんだ。

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Director Lee Isaac Chung
Credit: Josh Ethan Johnson/A24

アメリカ南部を舞台に、苦労しながら農業をする若夫婦、しかもアクの強い母親付きという設定は、ジャン・ルノワールの『南部の人』を彷彿とさせるが、スンジャは単に個性的というだけでなく、映画の鍵を握る重要な存在でもある。最初はギクシャクしていたデビッドとスンジャは次第に打ち解け、やがて名コンビになっていくが、そんなふたりの間に芽生えた愛情と連帯が、ラストで見事に活かされている。

強い野菜・ミナリ(セリ)に託す想い

危険だから行くなと反対されている川へスンジャは平気で入り、川辺にミナリ(セリ=芹)を植える。日本では春の七草やお浸し、鍋に使われる程度だが、韓国でミナリは非常によく食べられており、体に良い野菜として人気も高い。スンジャはデビッドに対し、ミナリは雑草のように強く、韓国では金持ちも貧乏人もみんなミナリを好きで、色んな料理に使われていると説明し、デビッドにもミナリのように生きて欲しいと告げる。

映画は凝った演出をせず、エモーショナルに盛ることもなく、絵空事ではない移民一家の厳しい現実を追っていく。朝鮮戦争に出兵した過去を持ち、日曜になると十字架を背負って歩くポール(ウィル・パットン)を相棒にしたジェイコブは本格的に農業を始めるが、事業に夢中で子どもの未来を案じるモニカの言葉にまったく耳を貸さない。夫婦関係はどんどん悪化し、農場にも困難やトラブルが次々と起こる。そんな中、さらなる出来事が一家を襲う。

移民の国アメリカの琴線

韓国や日本を含むアジア系に限らず、多民族国家と言われるアメリカ合衆国は、言い換えれば自由とアメリカン・ドリームを求めて世界中からやって来た人々による移民の国でもある。アメリカ合衆国の総人口は現在3億2700万人余りだが、その中の約5000万人が移民とその子孫であり、今でも年間70万人もの移民が入国している。

そのうち韓国系アメリカ人は約249万人(2017年時点)で、全人口の約0.6%に相当する。1965年に改正された米国移民法によって、この時から80年代、90年代とアメリカに移住する韓国人の数は爆発的に増えている。

本作のジェイコブ同様、日本でも明治時代以降、カリフォルニアなどに入植した移民の多くは農業に従事した。だが、その道は困難の連続だった。もちろん他の職業に就いた人々も、移民は日々を生きて行くだけでも大変だったと聞く。

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多くはアメリカン・ドリームとはほど遠い現実に直面し、かといって国に帰ることもできない。そのため、どの人もなんとかこの地に根を張り、子どもには豊かな暮らしをさせようと歯を食いしばって生きた歴史がある。まさにこの映画のジェイコブ一家そのものだ。ミナリは年に二回収穫でき、しかも二度目の旬の方が美味しい野菜であることから、子の世代はきっと幸せになっていると信じた親世代の想いもタイトルに込められている。

この映画はたまたまアジア系移民が主人公だが、人種による特殊性は少なく、多くのアメリカ人にとって、いや、すべての人に「これは自分たちの物語だ」と思わせる普遍性がある。荒波の海を行く小舟のようなジェイコブ一家の物語を、なぜか自分の家の歴史のように身近に感じてしまうのだ。観終わった後、共感や郷愁といった心に広がる静かな波紋をじっくり味わいたくなる作品だ。

〈作品紹介〉
ミナリ
3月19日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
配給:ギャガ
脚本&監督:リー・アイザック・チョン
■出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ネイル・ケイト・チョー、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン ほか
■上映時間:116分
■公式サイト:gaga.ne.jp/minari