夢に挑戦した青年の物語映画の中の子ども・家族 vol.10 『MISS ミス・フランスになりたい!』 文/水谷美紀

©2020 ZAZI FILMS – CHAPKA FILMS – FRANCE 2 CINEMA – MARVELOUS PRODUCTIONS
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男の子だけどミス・フランスになりたいという願いに蓋をしたまま大人になったアレックス。そんな彼が夢を叶えようと奮闘する『MISS ミス・フランスになりたい!』は、多様性の素晴らしさを伝えるとともに、親を亡くした青年の成長を描いた物語。

もし“息子”が「ミスコンに出たい」と言ったら?

LGBTQへの理解が進み、ジェンダー問題を扱った作品も数多く制作される現在。今回紹介する『MISS ミス・フランスになりたい!』も予告編だけを見るとトランスジェンダーの物語だとミスリードしそうになる。だが主人公アレックスの願いは女性になることではなく、あくまで『ミス・フランス』になることだ。その点はアレックスを演じたアレクサンドル・ヴェテールも同様らしく、自分の中にある女性的な部分に正直に生きる彼は、男性のまま “圧倒的な美貌のユニセックスモデル”というアンドロギュヌスな存在として人気を得ている。

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この映画の主人公アレックスは、9歳のとき「ミス・フランスになりたい!」と無邪気に夢を口にする。ところが当然、友達にはバカにされ、笑い者にされる。

その後両親を亡くし、苦労して育ったアレックスはいつの間にか当時の夢を封印し、ボクシングジムの雑用係として働く内向的な青年になっていた。女性かと見紛う、そしてとても美しい容姿の持ち主なのに、自分に自信が持てず、どこかオドオドしている。そんなアレックスがある日、幼馴染みのエリアスと再会する。彼が子供の頃の夢を叶えてプロボクサーになったことを知ったアレックスは大いに刺激を受け、自分もミス・フランスに挑戦しようと思い立つ。

支え合う個性豊かな仲間たち

そんな彼を見守るのが、ガヤガヤとにぎやかなアパートの住人達だ。人種も生き方も過去もさまざまな、まさに多様性の結晶のような彼らになら自分を出せるアレックスは、ミス・フランスを目指すことを打ち明け、母のような存在の家主以外は大喝采で応援する。

今よりトランスジェンダーへの理解が乏しかった1998年、やはり小さな男の子が「女の子になりたい」と願う『ぼくのバラ色の人生』(ベルギー・フランス・イギリス合作)という映画が公開された。美しい映像や子役の愛らしさもあって話題になったが、物語はトランスジェンダーである7歳の主人公リュドヴィグを、父親は精神病だといって矯正しようとし、母も息子への理解が追いつかず、やがて一家全員が周囲の拒絶や悪意に追い詰められていくという内容だった。

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殻を脱ぎ捨てよう! 自分のために

本作の主人公アレックスはトランスジェンダーではないが、堂々と女性と同じような格好で生活し、ミスコンに出たいと仲間に公言し、周囲もそんな彼を受け入れている。両作の間には20年以上の差があるが、その間に、さらに近年急速に、ジェンダー含めた多様性を取り巻く社会の捉え方は大きく変化(進歩)した。それはもちろん、リュドヴィグのような経験をした多くの人々の、それでも自分らしく生きていくという決意に対し、少しずつ社会が目を開き、耳を傾けた結果だろう。映画の決勝シーンと同様、いまだブーイングを鳴らす人々が根強くいたとしても、その音をかき消すイエスの声はどんどん大きくなっている。

アレックスは男性であることを隠したまま、アレクサンドラと名前を変え、まずは予選に当たるミス・イル・ド・フランスに選ばれる。そのあとの本選に向けた合宿の日々は美女15人がしのぎを削る目にも楽しい展開になり、師弟愛や友情も盛り込まれて飽きさせない。ところが物語は単なるスター誕生話では終わらず、意外な結末を持ってくる。その時にようやく我々は、なぜシャイで内向的なアレックスがずっとミス・フランスになる夢を捨てなかったのか、捨てずにいられたのかを理解する。彼の夢の陰には、亡くなった両親の存在があったのだ。

夢見る子に大人ができること

幼少期、将来の夢を口にして、親や周囲の大人に頭ごなしに否定された人はいないだろうか。あるいは、子どもが突拍子もない夢を口にしたとき、「そんなものになれるわけがないでしょう」と冷たく言ってしまったことは? それが仮に愛情や心配から出た言葉だとしても、大人が先回りして道を塞ぐことは、子どもから夢だけでなく、もっと多くのものを奪うことになりかねない。子どもにとっては、まず目の前の自分を肯定して応援してもらうほうが、大人になって夢を実現させることより大切なはずだから。

そんな大人から子どもへの愛、大人への子どもの想いを、この映画はアレックスと両親を通じて見せてくれる。美女がたくさん登場する華やかでファニーな映画だと思っていたら、不意打ちを食らって泣かされてしまう。そんな、想像以上のグッドムービーである。

(作品情報)
MISS ミス・フランスになりたい!
2/26(金)より全国順次公開中
https://missfrance.ayapro.ne.jp/

監督・原案・共同脚本:ルーベン・アウヴェス
撮影監督:ルノー・シャッサンプロデューサー:レティシア・ガリツィン ユーゴ・ジェラン
音楽:ランバート
出演:アレクサンドル・ヴェテール イザベル・ナンティ パスカル・アルビロ ステフィ・セルマ
2020/フランス/フランス語/スコープサイズ/107分


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