叔父との暮らしに訪れた転機映画の中の子ども・家族 vol.8『わたしの叔父さん』文=水谷美紀

©2019 88miles
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両親と兄を亡くしてから、クリスは叔父さんとふたりきりで暮らしている。そんな彼女にあるとき仕事のチャンスと恋の予感が訪れる。新しい世界へ踏み出そうとするクリスを、叔父さんも応援するのだが……。小津安二郎を敬愛する監督から届いた家族と幸せの物語『わたしの叔父さん』を紹介します。

支え合って暮らす叔父と姪の物語

デンマークの素朴な農村地域を舞台に、ふたり暮らしの女性と叔父の日常と、そこに起こる出来事を追った作品である。温かいがほどよい距離を保った映像や、実の姪と叔父であるふたりの自然な演技によって、不器用なクリスと叔父さんの想いや思わぬパッションが、凪いだ海に起こる波のように際立って響く。東京国際映画祭の東京グランプリ(最高賞)をはじめ世界中で多くの賞を獲得しているのも納得の、心に残る作品だ。

ヒロインのクリスは27歳。14歳で両親と兄を亡くし、叔父さんに引き取られてからずっとふたりだけで暮らしている。高校時代は獣医を志していたが、叔父さんが倒れたことで進学を断念。今は足が不自由になった叔父さんをサポートしながら、一緒に伝統的なスタイルの酪農業を営んでいる。

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ふたりの毎日は淡々と穏やかで、静かなルーティンの繰り返しだ。クリスは起床したらまず叔父さんの着替えを手伝い、ふたりで朝食を食べ、牧場で働く。夕食後はゲームをし、週に一度スーパーへ買い出しに行く。交わす言葉こそ少ないが、そこには長く一緒に暮らして来た阿吽の呼吸があり、互いをかけがえのない存在だと感じていることが伝わってくる。

姪に訪れた新しい世界

そんなふたりの毎日に、やがて変化が起きる。獣医のヨハネス先生を手伝ったクリスは手際の良さを褒められ、仕事の合間に助手として診察に同行するようになる。一度は諦めた夢に近づけるチャンスが巡ってきたのだ。

もうひとつの変化は青年マイクとの出会いだ。教会で知り合ったふたりは、少しずつ距離を縮めていく。これまで恋人どころか友達もいなかったクリスだったが、ためらいながらもデートの誘いを受け、マイクと連絡を取り合うために、遅まきながらスマートフォンを使い始める。人生初のデートに戸惑い、クリスが思わぬ行動に出てしまうシーンは、ユーモラスで微笑みを誘う。

やがてクリスは大学で講演をするヨハネス先生に誘われ、泊りがけでコペンハーゲンへ行くことになる。だが片時も叔父さんと離れたことがないクリスは心配でたまらない。足の不自由な叔父さんをひとりにすることだけでなく、クリス自身も叔父さんから離れることが不安なのだ。もちろんそれは叔父さんも同じだが、クリスのことを思い、行くことを勧める。

こうして牧場と叔父さんしかなかったクリスの人生は少しずつ外に開かれ、新たな可能性や選択肢も見えてくる。だが人生というのは往々にして「なぜ今」というときに思わぬアクシデントが起こる。クリスも例外ではなかった——。

1980年生まれのフラレ・ピーダセン監督は小津安二郎の大ファンだそうだが、フィックス(固定撮影)で作られた距離感だけでなく、独特の間やとぼけたやりとりにもその影響は強く感じられる。家にとどまっている大人の女性と叔父のふたり家族という設定は、ひとり残される父親を案じて縁談に消極的な娘と、そんな娘の幸せを願う父親を描いた小津の名作『晩春』を思い出すが、二作を重ねて見せることも監督の戦略だったとしたら、結末のインパクトも含め、大成功といえるだろう。

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「自分で選んだ」と思えることの大切さ

人はそれぞれ、さまざまな家庭の事情を抱えている。クリスのように家族が病に倒れたことで学業を諦めたり、家族を見捨てることができず夢のほうを捨てるしかなかった人もいるだろう。見方によってはクリスを、叔父さんのために望まぬ人生を歩かされた犠牲者だと考える人がいるかもしれない。

けれどもこの作品は犠牲や抑圧の物語ではない。むしろ何が自分にとって一番大切か、後悔しない生き方は何かを明確に理解している主人公が人生の転機にあって、今の自分が進むべき道を能動的に選び取る話だと見ることもできるだろう。

映画は終わるが、それは決して完全なるThe Endを意味するものではない。唐突な幕切れは、近い将来また変化が訪れるに違いないクリスと叔父さんの日常から、一旦カメラが離れただけのようにも思える。

それはまるで、誰にとっても“今”は継続する人生のあくまで一瞬であり、永遠ではないことを伝えているようだ。時に苦しく、不本意に思えても、目の前の日々を受け入れた上で真摯に生きていれば、新しい展開や心の変化、もしかしたら思わぬ嬉しい未来がやって来るかもしれないという、監督からのメッセージではないだろうか。

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<作品情報>
映画『わたしの叔父さん』
1月29日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺 ほか全国順次ロードショー
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公式サイト
https://www.magichour.co.jp/ojisan/

監督:フラレ・ピーダセン
出演:イェデ・スナゴー、ペーダ・ハンセン・テューセン、オーレ・キャスパセン、トゥーエ・フリスク・ピーダセン
2019年/デンマーク/デンマーク語/カラー/DCP/シネスコ(1:2.35)/110分/字幕翻訳:吉川美奈子/デンマーク語監修:リセ・スコウ
原題:Onkel/後援:デンマーク大使館/配給・宣伝:マジックアワー