特別養子縁組が繋ぐ、ふたりの母の物語映画の中の子ども・家族 vol.6『朝が来る』 文=水谷美紀

©2020「朝が来る」Film Partners
©2020「朝が来る」Film Partners

特別養子縁組で息子を授かった女性と、14歳でその子を産んだ少女。今回は、子を持った側、手放した側、ふたりの女性の葛藤や想いが胸に響く話題のヒューマンミステリー『朝が来る』を紹介します。

突然現れた『もうひとりの母』

特別養子縁組で男の子を授かって6年。幸せに暮らしていた家族のもとに、1本の電話がかかってくる。「あの子を返してほしいんです」。声の主は本当に14歳で息子を産んだ、もう一人の母なのか──。 20万部を超える辻村深月のベストセラー小説を、『あん』『光』の河瀬直美監督が映画化。特別養子縁組で子を得た夫婦と、産んだ子を手放した少女。それぞれの人生を丹念に描くことで、ミステリアスなストーリーに隠された、温かさと深みのある人間ドラマが心に迫って来る。

©2020「朝が来る」Film Partners

大手建設会社に勤務し、職場結婚をしてタワーマンションで暮らす佐都子(永作博美)と清和(井浦新)。だが清和が無精子症だと診断されたことで、順風満帆だったふたりの夫婦生活は一変する。長くつらい不妊治療を経て一時は子供を諦めたが、たまたま特別養子縁組の制度を知り、あっせん団体『ベビーバトン』で男の子を迎えることになる。朝斗と名付けたその子を産んだのは、愛する同級生の子を妊娠してしまった中学生のひかり(蒔田彩珠)だった。

実子として朝斗を迎え入れ、家族3人の幸せな生活を手に入れた佐都子と清和に対し、ひかりはすべてをなかったことにして以前と同じ生活を送ることができず、17歳で家出。新聞販売所で住み込みとして働くようになるが、やがていわれのない金銭トラブルに巻き込まれ、追い込まれていく。

子とともに、産みの母を想う

映画は冒頭、幼稚園でのトラブルに巻き込まれた朝斗と佐都子の日々を追う。犯人にされかけた朝斗の「僕はやっていない」という言葉を佐都子は信じ、親子は危機を乗り越える。観客はそんなふたりの姿に、血の繋がりを超えた深い絆と信頼、そして愛情を実感するだろう。産みの母を名乗る女の突然の来訪と、「養子であることをバラされたくなかったら金をよこせ」という内容の脅迫は、その直後に起こる。

女性は本当に広島で会い「この子をお願いします」と涙を流したひかりなのか? 不穏な空気と疑問を投げかけたまま、物語は進んでいく。

©2020「朝が来る」Film Partners

6年の間に、いや、実際は病院で朝斗が佐都子と清和に託されたその瞬間から、3人が家族として強く結びついていたことを、ひかりは知らない。朝斗本人だけでなく周囲にも真実告知は済んでおり、産みの母であるひかりを「広島のおかあちゃん」と呼んで温かく共有していたことも、もちろん知らない。出産してから闇を彷徨うようにして生き、金策に追われ思い余って3人の前に現れたひかりの姿は、母というより救いを求めて泣いている少女のように映る。

朝斗を守ろうと団結する佐都子と清和に比べ、彼らの娘といってもよい年齢のひかりは不安定で弱々しく、脅威に値しない。無事に退散させたと一瞬は安堵したものの、苦しみや葛藤を経て朝斗と出会い、もはや手放すことなど考えられない佐都子が、手放すしかなかったひかりの孤独や寂しさを誰よりも理解し、追いかけるラストは圧巻だ。

彼らの「その後」に会いたくなる

苦悩する夫に、まっすぐ自分を見る息子。さらに6年前に一瞬会っただけのひかりにも心を寄せて真摯に向き合う懐の深い佐都子役を、永作博美が誇張のない確かな演技で好演。一方、14歳から21歳まで激動の人生を送るひかり役は、近年話題作への出演が続く18歳の実力派、蒔田彩珠が存在感強く演じている。

印象的だったのが、特別養子縁組の仕組みをさりげなく解説した『ベビーバトン』でのシーンだ。説明会の参加者として登場する人々はプロの俳優を除いて全員、実際の養親希望者や縁組をした親子だという。所長役の浅田美代子含め、質疑応答もすべてアドリブだったそうだが、リアルなやりとりによって当事者の生の声や実際の感情を窺い知ることができる。そんな現場の空気もあってか、緊張した面持ちで食い入るように説明を聞く永作と井浦の姿からは、演技を超えた切実さと、細かい心の揺れが伝わってくる。

©2020「朝が来る」Film Partners

撮影前に俳優が共同生活を送ることで「役を作る(役作り)」のではなく「役を積む」河瀬監督独特の手法によって、登場人物はみなその場限りで消えるフィクションの人物ではなく、実在する人間のような生命を獲得している。そのため、すべての登場人物の「その後」が気になって仕方がない。思春期を迎えた朝斗、20代後半になったひかりを描いた続編が観たくなる、余韻の残る作品だ。

作品情報

『朝が来る』1023日(金)より公開中

【監督・脚本・撮影】河瀨直美
【原作】辻村深月 『朝が来る』(文春文庫)
【共同脚本】髙橋泉
【出演】永作博美 井浦新 蒔田彩珠 浅田美代子
佐藤令旺 田中偉登/
中島ひろ子 平原テツ 駒井蓮
山下リオ 森田想/
堀内正美 山本浩司 三浦誠己
池津祥子 若葉竜也 青木崇高/利重剛
共同脚本:髙橋泉
音楽:小瀬村晶 An Ton That
主題歌:C&K「アサトヒカリ」(EMI Records)
制作プロダクション:キノフィルムズ 組画 共同制作プロダクション:KAZUMO
配給:キノフィルムズ/木下グループ
©2020「朝が来る」Film Partners
asagakuru-movie.jp

【製作】キノフィルムズ・組画
【配給】キノフィルムズ/木下グループ
©2020「朝が来る」Film Partners
asagakuru-movie.jp

©2020「朝が来る」Film Partners