血の繋がらない父子が果たす約束の旅映画の中の子ども・家族 vol.5『巡礼の旅』 by水谷美紀

©GARUDA FILM
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命をかけて巡礼の旅に出た妻。そんな妻に付き添う二人目の夫と、最初の夫との間に産まれた息子。妻が志半ばで斃(たお)れたあと、血の繋がらない父子二人だけの旅が続く。
チベットから届いた話題の映画『巡礼の旅』は、迷い苦しみながら、それでも真摯に生きる人々のさまざまな想いと、血の繋がりのない父子の間に芽生える絆を描いた注目作だ。監督は各映画祭で高く評価された『草原の河』(2015)で知られ、日本で初めて作品が商業公開されたチベット人監督でもあるソンタルジャ。

巡礼に出た妻の「本当の理由」

物語はある日突然、チベットの聖地ラサまでの巡礼の旅に出てしまう女性ウォマと、彼女の夫ロルジェ、ウォマと一人目の夫の間に産まれた息子ノルウの3人によって展開される。

『五体投地』※で巡礼の旅に出るとロルジェに告げるウォマ。だがそれはあまりに過酷なうえ、聖地まで半年以上かかってしまう。妻の身を案じたロルジェは反対する。だがウォマは頑として聞き入れない。そんな妻を不可解に思いつつ、最後には折れて送り出すロルジェ。だが心配するあまり結局バイクで追いつき、ともに旅することになる。

※五体投地…両手・両肘・額の五体を地面に投げ伏して礼拝すること。仏教においてもっとも丁寧な礼拝方法のひとつ。 ©GARUDA FILM

やがてロルジェはウォマが病魔に冒されていることを知る。そして命を捨てる覚悟をしてまで旅に出た本当の理由も明かされる。巡礼の旅は、死んだ前夫と交わした約束だったのだ――

寡黙ながら情感豊かな作品

チベットの大自然を舞台にした、過酷な巡礼の旅。ただしそこには繊細で温かな人間ドラマも内包されている。遺された者の想い、口に出せない嫉妬の感情、親子のわだかまり……。さまざまな感情の交錯が、抑制のきいた見事なタッチで描かれていく。母を好きなのに素直になれない少年ノルウや、途中から旅に加わる仔ロバの愛らしさには、思わず笑みがこぼれる。

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この作品の一番の魅力はなんといってもロルジェの存在だ。言葉少なく感情表現も控え目ながら、妻を支え、後半では血の繋がらない息子と旅を続けるロルジェの親しみやすいキャラクターのおかげで、日本では馴染みの薄いチベット巡礼の物語にぐっと感情移入することができる。

そんなロルジェを演じたのは、歌手として国際的に活躍するヨンジョンジャ。チベット文化の継承者としても積極的に活動しており、本作の企画・プロデュースも手がけている。

さらにこの作品のもう一つの魅力は、時にほのぼのとした場面やユーモラスな要素もある点だ。タイトルが示す通り、巡礼を描いた作品だが、同時に血の繋がりのない父子のロードムービーとしても楽しめる。無駄なくよく練られた脚本は、現代チベットを代表する作家であるタシダワが担当している。

旅を経て、父子に絆が生まれる

ウォマの死後、ロルジェは巡礼の旅を自分が引き継ぐことを決意する。しかもウォマと同じ五体投地で。

妻が前夫と交わした約束を果たすため、前夫との子であるノルウを連れて聖地をめざす。自分がロルジェの立場だったらどうするだろうと、思わず自問してしまう場面だ。

一般的にチベット人は日本人より約束に対する責任感が強く、一度約束したことは必ず果たそうとするのだという。ロルジェの行動は妻への愛の深さからか、それとも約束を重んじる国民性ゆえか。どちらもあるだろうが、さらにもうひとつ、ロルジェの真摯な人柄による部分も大きいといえよう。そんなロルジェといるうちに、心を閉ざしていたノルウにも変化が現れる。

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ウォマはロルジェとの再婚を機にノルウを実家に預けたため、母子は離れて暮らしていた。そのためノルウはウォマに対し、ずっとわだかまりを持っていた。ロルジャもそんなノルウにとっては父親などではなく、単なる馴染みのない大人であり、さらに言えば自分から母親を奪った相手だった。

それでも母を亡くし、二人きりで旅を続けるうちに、ノルウは少しずつロルジェに心を開いていく。それは旅という特殊な状況だったからというだけではなく、ロルジェが素朴で温かく、真っ直ぐな人だったからだろう。

旅の始まりではまったくの他人同士だったふたりが、聖地に到着する頃には信頼し合った似た者親子にしか見えなくなっていた。目の前にいる人間を信じられるかどうかに、血の繋がりは関係ないのだ。

作品情報

監督:ソンタルジャ|プロデューサー:ヨンジョンジャ(容中爾甲)|脚本:タシダワ、ソンタルジャ|出演:ヨンジョンジャ(容中爾甲)、ニマソンソン、スィチョクジャ 2018年|中国語題:阿拉姜色|英語題:Ala Changso|中国映画|109分|シネマスコープ|5.1chサラウンド|字幕:松尾みゆき|字幕監修:三宅伸一郎|配給:ムヴィオラ

公式サイト:http://moviola.jp/junrei_yakusoku/

2020年2月8日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー

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文・水谷美紀