乳児院における『家庭的養護』のいま【前編】【前編】二葉乳児院・都留和光院長インタビュー

みなさんは『乳児院』とはどのようなところかご存じですか? 乳児院は何らかの事情により、親との生活が困難である子どもを保護、養育するための施設(児童福祉法37条に定められた入所型児童養護施設)です。赤ちゃんが預けられる理由は、親の病気や死亡、親による虐待、経済的理由などさまざまです。入所しているのは、0歳~2歳くらいまでの乳幼児たち。生活の場として24時間体制で養育されます。

時代と共に乳児院での養育のあり方は変化していますが、『家庭的養育』が推進されている現在、どのような取り組みがなされているのでしょうか。東京都で家庭的養育に積極的に取り組んでいる二葉乳児院の都留和光院長と、家庭支援専門員の酒井久美子主任、そして新事業の担当である保育士の三浦淳子新生児委託推進員にそれぞれお話をお聞きしました。

集団養育から少人数のグループ養育へ

―二葉乳児院では比較的早い時代から、家庭的な環境で養育なさっているとお聞きしています。具体的にはどのような養育がされているのでしょうか?

都留和光院長:多くの方が抱く乳児院のイメージは、「施設のベッドに赤ちゃんが並んでいて、集団養育されている」というものかもしれませんね。過去にはそのような時代もありましたが、二葉乳児院では15年ほど前から、少ない人数のグループで養育する『小規模化』と、一般家庭の子育て支援や里親委託などを推進するなどの『多機能化』を進めています。

二葉乳児院は70年の歴史を持つ、東京都でも古い乳児院です。現在、児童養護施設や乳児院の小規模化は全国の施設で進められていますが、当院では2003年に大規模な改築を行い、小規模のユニットの部屋(6人以内)を作りました。

現在は、0歳児クラスが1部屋、約11カ月~2歳のクラスが4部屋、2歳以上のお子さんはさらに独立した部屋で生活しています。それぞれにお風呂やトイレ、洗濯機などを備え、洗濯物を干すテラスも併設したユニット形式の小さなお家のような部屋で、グループごとに担当の職員が子どもたちの養育を行っています。

―現在は何人のお子さんが入所なさっていますか?

現在は40人定員に対して27人と少なめですが、乳児院は入れ替わりが激しいので入所人数は一定していません。お子さんの人数が少ないほど、余裕をもって一人ひとりと関わることができるのはうれしいことです。

その反面、施設運営という視点で見れば、乳児院の運営費はお一人のお子さんの措置に対して支払われることから、運営のための費用が少なくなります。また、小さいグループで生活するためには、集団養育をするよりも、職員数を増やさなくてはなりません。

こうした状況のなかで職員を安定的に確保するために、別の事業からの予算も見込んでいく必要があります。当院はショートステイ事業など他の事業も行っておりますので、そちらの予算も含めてやりくりすることで、お子さんの入所人数に変化があっても、安定的に職員を確保していけるということになります。

少人数グループで暮らすユニット化されたお部屋

洗濯もユニット内で行い、それぞれのテラスに干してある

入所理由に『虐待が増加した

―どのようなご事情で入所される方が多いのでしょうか?

以前はお母さんの精神疾患を含む疾病が入所理由の第1位でしたが、平成24年くらいから当院においても全国統計においても、虐待やネグレクトが多くなってきました。他には、貧困、若年層の出産、逮捕拘留などもあります。未受診のまま産院で飛び込み出産された方の赤ちゃんをお預かりしたこともあります。超低体重児として生まれた、病気や障害があるお子さんも少なくありません。親御さんがお子さんの障害を受け入れられない、育児不安などが理由です。

新生児の救命医療が発達したことで、救える命が増えましたが、それと同時に医療ケアが必要なお子さんも増えています。また、不妊治療の技術が向上し、50歳に近い年齢でも出産が可能となりました。しかし、いざ育児という段階になってバーンアウトして乳児院に入所、というケースもあります。

いずれにしろ、「親の死亡」という理由は減り、現在当院にいるお子さん全員に親がおり、いずれはその親御さんと一緒に暮らすことができるように、乳児院で支援をしています。また、親御さんが承諾なさって、特別養子縁組を前提とした里親さんのところで育つお子さんもいます。

東京都の場合は、乳児院に措置されて家庭に戻るケースが50%以上、残りの約25%が児童養護施設、20%近くが里親さんのもとで育つ、というのが現在の状況です。

愛着形成を念頭に置いた運営

―お子さんの育ちには乳幼児期の愛着(アタッチメント)形成が大切だと言われますが、そのための取り組みはございますか?

その点も考えたうえでの施設の小規模化であり、職員の確保、配置の充実です。一人のお子さんに対して、一人の職員ができるかぎり継続的に養育をします。夢中で遊んでいても、ふと振り返るとそこにいてくれる「安心感を与える存在」となるよう努めます。

多くの乳児院では、お子さん1人に対して1対1の職員配置も厳しいのが実状です。当院では1対1の担当制ではありますが、職員は8時間勤務の2交代制ですから、本来は1人のお子さんに3人の担当職員が必要です。夜勤明けや日勤入りのタイミングも踏まえて、担当職員がそのお子さんのお部屋に必ず入るようなシフトを組み、実質的には2~3人体制で一人のお子さんを養育していきます。

職員の適切な勤務体制と担当制を維持するためにも、余裕を持った職員確保が求められます。乳児院で赤ちゃんが最初に覚える言葉が「待ってね」ではいけないのです。

環境が変化するときを丁寧にケア

―担当の方との愛着形成を大切になさっているのですね。

そうですね。もう一つ、乳児院における養育で大切にしなくてはならないのは、養育環境が変化するときに少しでもお子さんの負担を減らすことです。乳児院の平均の入所期間は1年3カ月ほどです。その後は、元の家庭に戻る、養育家庭に行く、家庭に戻れない場合は児童養護施設に移るなど、環境が変わっていくことになります。

乳児院から児童養護施設に移るときは、最初の1カ月は準備期間として3~4回の交流を繰り返しながら慣れていきます。また、児童養護施設に入所してから1年間は毎月担当職員が訪問しますし、交流期間が終えても進級や誕生日、クリスマスなどにカードを送ったりして関係性を持ちます。乳児期を共に暮らした職員の存在は大きい、ということをしっかり認識して接しています。

里親家庭に移るときも、乳児院内での交流から始まって、短期・長期のお泊りを経て、正式に委託になりますし、実家庭に戻る際も里親委託と同様に段階を踏みながら進めていきます。実家庭だからすぐ戻しても大丈夫、ではありません。そのお子さんが築いてきた愛着関係に配慮しながら、新しい環境への不安を減らしていくことを大切にしています。

お腹の中にいた頃を振り返りながら

――乳児院に入るときもお子さんにとっては環境が変わるということですよね?

もちろん、入所前後の移行期についても丁寧にフォローしています。赤ちゃんはお腹の中にいるときからお母さんの声を聴き分けられるといいますよね。生母さんの多くは、妊娠中も何らかの大変な状況の中でストレスを感じながらも、赤ちゃんを守ってこられました。生まれてすぐの赤ちゃんも、生母との「別れ」を感じ取っているのです。

ですから、生まれてすぐのお子さんについては、妊娠中にお母さんがどのような状況下にあったか、できる限り情報を得たり想像したりしながら、「育て直し」というとおこがましいですが、お子さんが辿ってきた道に思いを巡らせながら接することを心がけています。

いずれにしろ、愛着形成にとって大事な時期をここで過ごすわけですから、そのことを踏まえた養育が必要であり、ご自宅に戻ることができるお子さんは親御さんと乳児院が二人三脚で、それが叶わないお子さんはできる限り早く里親さんを探します。その移行期に丁寧なケアをすることが乳児院の大切な役割です。

ここを巣立っていかれた方が、30歳、40歳になり、ご自分の小さいときのことを聞くために訪ねてこられるともあります。以前の資料をお見せしたり、お話をお聞きしたりしますが、「自分はここで、かわいがってもらっていたんだな」というお気持ちになっていただけているご様子です。ご自身の生い立ちの断片的な記憶がつながっていくことで、“点”であったものが“線”となり、ご自身の人生を振り返ることができる。そのためのサポートができたらと思います。

地域の子育て支援の拠点に

―ショートステイ事業もなさっているそうですが、これはどのようなサポートですか?

乳児院は『入所型』の施設ですが、ショートステイは一時的にお預かりする『利用型』の事業です。地域で子育てをしているご家族が、仕事や冠婚葬祭などの理由も含めて、何らかの事情があるときに、短期で預けていただけるサポートです。

利用される方の理由は、シングルで育てている方のレスパイト(休息)のほか、仕事の事情で不在になるという理由もあれば、入所されるケースと近い理由の「育児疲れ」も多くあります。親御さんの育児ストレスを緩和することで、ネグレクトや虐待防止の意味合いもあります。定期的にレスパイトで利用されている方もいらっしゃいます。

ショートステイを利用する際は、入所しているお子さんのグループに入ることになります。慣れたグループの中に短期利用のお子さんが加わることから、職員の負担も増える面はありますが、家庭で子育てをしている方への地域子育て支援として今後も力を入れていきます。

―子育て中の方が集えるひろば事業もございますね?

15年前の大改装の目的は『施設の小規模化、多機能化』でしたので、そのときの工事で『子育てひろば』も造設し、地域向けのサービスも提供しています。周辺地域のお母さん方に来ていただいて、そこでお友達を作っていただければ。孤立した子育てにならないための支援です。

乳幼児子育て中の地域の人が集える『ふたばひろば』

ひろばを利用されているお母さんたちのリクエストに応えて、さまざまなプログラムも実施しています。例えば、新米お母さん向けの子育て講座、週に1回臨床心理士による子育て相談、あるいは地域の美容師さんが来てくださってヘアカットのサービスなどもあります。

また、0歳児を育てていて外出がままならないご家庭には、当院で研修を受けて養成されたボランティアが訪問するサービスもあります。体調が悪い方、双子の育児で外出がたいへんという方などの利用もあります。

訪問したボランティアは育児中のお母さんのお話をじっくりお聞きする、「傾聴」を中心としたサポートを行います。その上で、子育て経験からアドバイスをしたり、地域の子育てに役立つ情報を伝えたりします。

これはホームスタート事業と言いますが、東京都江東区・清瀬市が始めたことをモデルにして、新宿区と協働事業でスタートして9年目。登録している方も50人弱、実働は20人ほどですが、年間70件ほど訪問しています。

里親支援も積極的に行っています。かつて東京都に『養育家庭センター』という里親の支援機関があった1986年~2001年頃、その拠点の一つとして、里親研修を始めました。研修を充実させて、里親家庭に行けるお子さんは早めに委託するようにする。

一方で、大改築により地域の子育て支援という予防的なサポートにも力を入れていく方向性で進んできました。

このように、当院は『入所型の乳児院』という一つの機能に留まらず、ショートステイ事業、ひろば事業、ホームスタート事業、里親支援事業など『多機能化』を図っています。これからはそれぞれの事業において、虐待対策などの専門性を高めていく『高機能化』が課題です。

入所しているお子さん、地域で育っているお子さんも一緒に、当院の地域子育てサポートの中で見守っていけたらと思っています。

(中編へ続く⇒乳児院で実親の支援をする家庭支援専門相談員の役割とは?)

取材・文 林口ユキ 写真・長谷川美祈